移住体験談

アメリカ移住を起業で実現|E2ビザで3拠点生活をつくるまでの全記録

アメリカ移住を本気で考えたとき、多くの人がまず壁にぶつかります。駐在の枠も狭い、現地就職も簡単ではない、ビザの道がそもそも見えない。でも実は、自分で事業を持ちE2ビザ(投資家ビザ)でアメリカに住むという選択肢があります。今回は、会社員を4社渡り歩いた末に崖っぷちの時代を経験しながら、広告運用で事業を立ち上げて法人化、マイアミ・サンフランシスコ・日本の3拠点生活を実現した江口さんの体験記をまとめました。

今回の体験者

江口さん

江口さん(江口瑠莉)。会社員として4社を転職し、フリーランスとしても家賃も払えないカツカツの時代を経験。土居さんのコンサルティングで広告運用・ファネル構築の事業を立ち上げ、開始から半年で月商200万規模に到達。法人化を経てE2ビザでアメリカへ。現在はマイアミ・サンフランシスコ・日本の3拠点で、CMO的なポジションも担いながら広告運用とマーケティング支援を展開している。

いまマイアミのカフェでこの文章を読んでいる私は、少し前まで東京で家賃を払うのがやっとだった人間です。アメリカ移住なんて、遠い夢の話だと思っていました。

会社員として4社を転職して、フリーランスで独立してみても収入はカツカツ。「もっと自由に働きたい」という気持ちだけはずっとあったのに、月収20万では現実がついてこない。そんな崖っぷちの時代を経て、広告運用の事業を立ち上げ、法人化して、E2ビザを取得し、いまはマイアミとサンフランシスコを行き来しながら仕事をしています。「自分には関係ない話」だと思っていたアメリカ移住という選択肢が、事業を持つことで現実になった体験をお伝えします。

1. アメリカ移住の前にいた場所|4社転職しても「ここじゃない」が消えなかった

カフェで働く女性

アメリカ移住を夢見ていたころの私は、自分のことを「社会不適合者」だと思っていました。

1つの会社にとどまって働き続けることが、どうしてもできないんです。入社しては「ここじゃない」という感覚が強くなり、また転職する。それを繰り返して、気づけば会社員として4社を渡り歩いていました。周りの友人が新卒ブランドを活かして大手企業に腰を据えているのを横目に、私は何をやっているんだろうと思うこともありました。

根本にあるのは10代から変わらない夢でした。旅をしながら自由に仕事がしたい、という気持ちです。それは現実逃避ではなく、ずっと本気の目標でした。ただ、社会に出て気づいたのは、その夢を叶える具体的な方法が全く見えていなかった、ということです。

転職を繰り返す合間に、ヨーロッパや南米を一人で旅したりもしました。外の世界を知るたびに、「ここで生きていける人間になりたい」という気持ちが強くなる。でも、帰国すれば収入は変わらない。月収20万では、アメリカに住むことなんて到底無理です。

そんな折に、いわゆる「これで自由に働ける」系のセミナーや講座にも何度かお金を使いました。数十万円するものもありました。でも、どれも自分の状況は変わらなかった。方法論だけ学んでも、自分の事業にならない。今思えば、そこに根本的な問題があったわけですが、当時の私にはそれがわかっていませんでした。

フリーランスとして独立してみたこともあります。英語学科で学んだ語学力を活かして、通訳や翻訳の仕事をかじったこともありました。でも、それでも収入はカツカツのまま。家賃を払えるかどうかというラインで生活していた時期もありました。フリーランスになれば自由になると思っていたのに、稼ぐ力がなければ自由にはなれない。そんな当たり前のことに、なかなか気づけなかった時期です。

アメリカ移住は夢のまま遠ざかっていくように感じていた、そんな崖っぷちの時代でした。

POINT|アメリカ移住は「転職・駐在」だけが選択肢ではない

会社員のまま・自己流のフリーランスのままでは、「住む場所を自分で決める自由」はなかなか手に入らない。事業を持つことで初めて、アメリカ移住という選択肢が現実になる。

2. アメリカ移住への転機|崖っぷちの中で出会った広告運用という道

ノートに書き込む手元

アメリカ移住を起業で実現する道があると知ったのは、崖っぷちの時代に土居さんと出会ったことがきっかけでした。

当時の私は、月収20万ではアメリカに住むなんて無理だということはわかっていた。でも、何から手をつければいいかもわからない状態が続いていました。SNSで稼ぐ方向で動いたこともあったけれど、コンテンツを作り続けても自分の事業にならない感覚があって。

土居さんとの最初のやり取りで勧められたのが、広告運用とファネル構築のスキルを使ったスキル販売という方向でした。マーケティングに興味はあったものの、広告運用は「難しそう」というイメージが先に来て、最初は少し戸惑いました。でも考えても始まらないので、とりあえずやってみようと決めました。

後から気づくことですが、何をやればいいかわからない状態はいつも自分の中にあったのに、それを見つけてくれるのは意外と周りの人でした。自分のことは自分が一番わかっていない。土居さんにファネル構築・広告運用がいいと言われてから、そこしか見なくなりました。

コンテンツ販売でなくスキル販売を選んだのには理由があります。コンテンツ販売は、そもそも消費者に「何かを買おう」という意思がない状態からスタートするので、まず自分の発信を見てもらって、共感してもらって、という長い道のりが必要です。一方でスキル販売は、企業や個人事業主がすでに「マーケティングを助けてほしい」という状態で探してくれている。入口の難易度が全然違うんです。

さらに、スキル販売は「どこにいても提供できる」という構造を持っています。クライアントは基本的に日本の方が多いですが、場所は関係ない。アメリカに住んでいても、日本語で広告運用やファネル構築の支援ができる。それが、アメリカ移住という目標と直接つながる仕事の形でした。

当時、土居さんから繰り返し言われていたのが「相手の事業に貢献することに全集中する」という言葉でした。自分のスキルが足りないかどうかより、目の前のクライアントの課題を解決するために何ができるかを考え続ける。それだけで、最初の一歩は踏み出せる。

自分で事業を持ち、雇用に依存しない稼ぐ力を整えることがアメリカ移住への本当の道なのだと、このころから少しずつ見えてきました。起業ビザという選択肢がぼんやりと視界に入り始めたのも、このタイミングでした。

3. アメリカ移住の前に立ちはだかった壁|初案件の恐怖と月予算1,000万円の現場

パソコンで作業する手元

4月に広告運用の勉強を始めて、最初の案件を取ったのは1ヶ月から1ヶ月半後のことでした。

正直、めちゃくちゃ焦りました。スキルが追いついていない状態でクライアントの広告アカウントを触るわけですから、プレッシャーは相当なものでした。「本当に私でいいのか」という気持ちは常にありました。クラウドソーシングサイトで案件に応募し、クライアントとミーティングをして、相手のビジネスの課題をヒアリングする。その一つひとつが、それまでの自分にはなかった経験でした。

でも、考えていても進みません。できないことはとりあえずやってしまう。調べながら、YouTubeを見ながら、AIも使いながら、とにかく手を動かし続けました。

最初の案件が取れた5月には、月収が60万に届きました。崖っぷちだった月収20万からの変化は、正直実感を持てないくらいの速さでした。

そして、最も大変だったのが、広告代理店から受注した大型案件です。月に1,000万から1,500万円規模の広告予算を動かす案件でした。プレッシャーだけでなく、業務のスピードが圧倒的に足りない。慣れている人が1時間でできることを、3〜4倍の時間をかけてやっとこなしていた時期がありました。

それでも、逃げずにその案件を続けました。大変だったからこそ、学びが一番大きかったとも思っています。広告の数字をただ追うのではなく、クライアントのビジネス全体を把握して、新規集客からリピートまでの動線をどう設計するかまで考えるようになった。広告運用がエントリーポイントになって、マーケティング全体を担うというポジションが自分の中で少しずつ見えてきた時期でした。

収入の変化は一朝一夕ではなかった

4月に広告運用を開始、5月に月収60万、そして7月に月商200万規模に届きました。半年での推移ですが、毎月コンスタントに上がったわけでも、一夜で変わったわけでもありません。案件を一つひとつ積み重ねた結果です。

7月に月商200万規模という数字に届いたとき、正直な感想は「まだ通過点だな」でした。0から1を達成できたから、次は1から2へ、2から5へ。そのための足場ができたという感覚で、浮かれるより先に次を考えていました。

収入の変化を数字で振り返ると「すごい」と言われることもありますが、これは短期間で一気に変わったわけではありません。スキルを積み重ね、案件を一つひとつ丁寧にこなし、クライアントとの信頼を積み上げた結果です。急成長を狙って一気に上を目指すより、目の前の一案件に全力を尽くし続けることの方が、結果として大きな変化につながるのだと実感しています。

4. アメリカ移住の現在|E2ビザと3拠点生活のリアル

マイアミのヤシの木

アメリカ移住を実現するにあたって、ビザの問題は避けて通れませんでした。

フリーランスのままではアメリカへの移住は難しい、というのが現実です。英語圏の国、特にアメリカやイギリスは、個人で稼いでいるだけでは移住できる仕組みがなかなかない。E2ビザ(投資家ビザ)を取得するためには、アメリカで事業を運営する法人を持つことが条件の一つになります。

収入が安定してきた段階で法人化を進めたのは、税制上の理由もありますが、アメリカ移住への道を具体的に開くためでもありました。個人で稼ぎ続けても所得税がそのままかかり続ける。法人にすることで内部留保や報酬の柔軟な設計ができるようになり、同時にビザ申請に向けた足場を整えることができました。

パートナーがアメリカにいるので、パートナービザ経由でグリーンカードを取るという選択肢もありました。でも、パートナーに頼った状態では、何かあったときに自分の立場が不安定になる。自分の足で立てる状態を先に作ってから、どんな選択肢でも活かせるようにしておく。それが、法人化を選んだ理由の一つです。

結果として、E2ビザでも申請できる状況を整えながら、パートナーとのルートも並行して検討できる状態になりました。どちらに転んでもいい準備ができているということが、精神的にも安定感をもたらしています。

現在の生活は、マイアミとサンフランシスコにそれぞれ拠点を持ち、日本も入れて3拠点体制です。仕事はリモートで完結するので、カフェでも、家でも、どこでも仕事ができます。朝は散歩か筋トレから始めて、自分のペースで仕事を進める毎日。早ければ15時に仕事を切り上げる日もあれば、時差の関係で少し遅くまで対応する日もあります。ただ、自分で時間をコントロールできるという感覚は、以前の「9時から5時まで決まった場所で」というオフィスライフとは、まったく別の時間感覚です。

仕事の内容も変わってきました。広告運用からスタートしましたが、今はCMO的なポジションで案件に関わることもあります。クライアントの事業戦略を考え、マーケティング施策を指示して、広告の効果を数字で追いかけながら次の手を打つ。単なる広告の運用者ではなく、事業のマーケティングを司る立場になれたのは、最初から「クライアントの売上に貢献すること」に集中してきた結果だと思っています。

※E2ビザの要件・申請条件・グリーンカードへの道筋は個人の状況によって異なります。最新・正確な情報は USCIS(米国市民権・移民サービス局) 等の公式機関や移民弁護士にご確認ください。

5. この体験談が伝えること|雇用でなく起業、稼ぐ力が先、心が喜ぶ国

夕日を見つめる女性

この体験を振り返って、伝えられることを3つにまとめると以下のようになります。

雇用でなく起業が、場所の自由への道

4社を転職しても、場所の自由は手に入りませんでした。会社に属している限り、住む場所は会社が決めます。フリーランスになっても、収入が安定しなければ移住の選択肢は開かない。

アメリカ移住という目標を叶えたのは、転職でも駐在でもワーホリでもなく、自分で事業を持ち、法人化して、ビザ申請できる状態を自分で作ったからです。E2ビザは「アメリカで事業を運営する人間」に与えられるビザです。つまり、起業して事業を持つことが、アメリカ移住の条件そのものでもある。

「アメリカに住みたいけど駐在枠も現地就職も難しい」と思っている人に伝えたいのは、起業という第3の選択肢があるということです。

稼ぐ力が先、移住は後からついてくる

もし「アメリカに住みながら仕事がしたい」という目標だけ先行していたら、たぶん今の状況は作れていなかったと思います。

最初にやったのは、とにかくスキルを身につけて、1件目の案件を取り、目の前のクライアントに全力で貢献すること。月商200万に届いたのはその積み重ねの結果であり、一度に飛躍したわけではありません。

土居さんがよく言う言葉で、実感として理解できているのが「短期間で一気にを狙う道ではない、地道に積み上げていくことが大事」ということです。崖っぷちの時代から半年で大きく変わりましたが、その半年は決してラクではなかった。月予算1,000万超の案件で業務スピードが追いつかず、3〜4倍の時間をかけてやっていた時期があった。それを乗り越えたから、今がある。

稼ぐ力を先に整えることが、アメリカ移住を現実にする一番の近道だったと思います。

心が喜ぶ国を選ぶ

アメリカを選んだのは、税率が低いからでも、コストが安いからでもありません。

初めて海外に出たとき、「自分の見てた世界ってこんなちっちゃかったんだな」と感じた体験があります。もっとこの世界を見ていたい、という気持ちの延長で、海外で暮らすことがずっと変わらない夢でした。

暖かい気候と海が好き、という自分の感覚に正直にマイアミを選んで、実際に住んでみたら「すごく合っている」と感じています。次はヨーロッパにも拠点を作りたいと考えています。ポルトガルなど、気候が穏やかな国も気になっています。心が喜ぶ場所を、自分で選び続けられること。それが今の生活の一番の豊かさです。

税金や物価だけで国を選ぶと、暮らしてみて「こんなはずじゃなかった」になりやすい。心が喜ぶかどうかを、移住先選びの基準の一つにしてほしいと思います。

まとめ

都市を歩く女性

私の体験から伝えられることを、3つにまとめます。

1つ目|雇用でなく起業が、場所を自分で選ぶ力につながる。 転職を繰り返しても手に入らなかった自由が、事業を持つことで初めて現実になりました。

2つ目|稼ぐ力を先に整えることが、移住への本当の道。 崖っぷちから半年での変化は、一夜では起きませんでした。案件を一つひとつ積み上げた結果です。急いで一気を狙うより、目の前の一歩に全力を尽くし続けること。

3つ目|心が喜ぶ国を選ぶことが、豊かな移住生活の土台になる。 税金でも物価でもなく、10代から抱いていた夢の延長でアメリカを選びました。

アメリカ移住に興味があるけれど、「転職・駐在以外の道なんて自分には関係ない」と思っている方に、この体験記が届いたらうれしいです。事業を持つことで、アメリカ移住という選択肢は確かに開かれます。私の話は特別な才能や学歴があったから成り立ったのではなく、目の前の一歩を踏み出し続けた結果です。

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