海外移住を考え始めると、真っ先に不安になるのが税金やお金まわりのことではないでしょうか。「住民税は払い続けるのか」「日本の所得税はどうなるのか」「年金やNISAは」。調べようとしても情報が断片的で、結局何から手をつければいいのか分からなくなる方も多いはずです。
この記事では、起業ビザを使ってヨーロッパに移住し、個人事業主・フリーランスとして海外移住のコンサルティングを行ってきた私の視点から、海外移住で税金がどう変わるのかの全体像を整理します。各制度の詳細な手続きは別記事に譲り、この記事ではまず「自分が何を調べるべきか」の地図を渡すことを目的にしています。
目次
ご注意:本記事の税制・手続きに関する情報は2026年7月時点のものです。税制は改正される場合があります。ご自身の状況への適用については、必ず 国税庁公式サイト または税理士にご確認ください。
1. 海外移住で税金はどう変わる?結論と全体像

先に結論からお伝えします。海外移住で税金がどう変わるかは、あなたが日本の「非居住者」になるかどうかで大きく分かれます。非居住者になると、日本の課税関係は次のように変わります。
住民税は、出国のタイミングによって扱いが変わります。日本の住民税は毎年1月1日(賦課期日)時点の住所地で課税が決まる仕組みのため、その年の1月1日より前に転出届を提出して出国していれば、その年度分の住民税は課税対象外になります。逆に1月1日をまたいで日本に住民票が残っていると、その年度分は課税されるという点は、意外と見落とされがちです。
所得税は、非居住者になると課税範囲が「国内源泉所得のみ」に限定されます。日本国内の不動産所得や一部の報酬など、日本国内で生じた所得には引き続き課税されますが、海外で得た事業所得や給与については、日本の所得税の対象外になります。
年金・健康保険は、国民年金・国民健康保険ともに、海外転出届を出すことで加入義務がなくなります(任意加入は可能)。NISAについては、非居住者になると新規の買付ができなくなり、保有中の商品の扱いにも制約が出てきます。
海外移住 税金の話は、一つひとつの制度を個別に調べるだけでは全体像がつかめません。だからこそ大切なのは、「移住したらどうなるか」という出口から逆算して、必要な項目を順番に調べていくという姿勢です。この記事では、その全体マップを渡します。
2. 「居住者」と「非居住者」の判定基準

海外移住の税金まわりを考えるうえで、すべての出発点になるのが「居住者」か「非居住者」かの判定です。ここを正しく理解していないと、住民税も所得税も、この先の話が組み立てられません。
海外移住 住民税を左右する「生活の本拠」の実質判断
日本の国内法上、居住者とは国内に「住所」を有する、または現在まで引き続き1年以上「居所」を有する個人を指し、それ以外は非居住者とされます。ここでいう「住所」とは各人の生活の本拠を意味し、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍といった客観的事実をもとに実質的に判断されます。
つまり、住民票を抜いたかどうかという形式面だけで決まるものではなく、実際の生活の実態が問われるということです。
「183日いれば非居住者」は誤解|租税条約のタイブレーカーとの違い
「海外に183日以上いれば非居住者になる」という話を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。これは半分正しく、半分は誤解です。
183日ルールは、多くの租税条約に盛り込まれている短期滞在者免税の基準や、日本と相手国の双方で居住者と判定された場合の振り分け(タイブレーカールール)で使われる考え方であり、日本の国内法における居住者・非居住者の判定基準そのものではありません。租税条約上のタイブレーカーは「恒久的住居→利害関係の中心→常用の住居→国籍」の順で判断される仕組みで、183日という日数だけで機械的に決まるものではないのです。
日本の国内法上の判定は、あくまで生活の本拠がどこにあるかの実質判断が基本です。183日という数字だけを鵜呑みにして「自分はもう非居住者だ」と思い込むのは危険だということは、押さえておきたいポイントです。
海外転出届の提出だけでは非居住者と認定されない
もう一つ注意したいのが、市区町村へ海外転出届を提出したことと、税務上の非居住者と認定されることは、必ずしも同じではないという点です。
海外転出届は住民票上の手続きであり、住民税の課税可否には直結しますが、所得税法上の居住者・非居住者判定は生活の本拠の実質で見られます。事業や資産の状況によっては、住民票を抜いていても実質的な生活の本拠が日本にあると判断される可能性がゼロではありません。
住民票の手続きと税務上の居住者判定は別物として、それぞれ正確に理解しておく必要があります。
出典:国税庁「居住者・非居住者の判定」、国税庁「居住者と非居住者の区分」
3. 移住前に必ず押さえたい出国税(国外転出時課税制度)

海外移住 税金の話の中で、資産をお持ちの方が特に注意すべきなのが「出国税」、正式名称「国外転出時課税制度」です。
制度の骨格だけをお伝えすると、1億円以上の有価証券等を保有していて、出国前10年以内に国内居住期間が5年を超える方が対象になります。対象になると、保有資産をまだ売却していなくても、出国日に時価で売却したとみなして含み益に課税される「みなし譲渡課税」が適用されます。資金繰りの不安を和らげるための納税猶予制度も用意されています。
この制度は対象となる方が限られる一方で、該当する場合の影響は決して小さくありません。仕組み・対象者の要件・税率・申告手続き・納税猶予制度の詳細は、出国税を専門に扱った記事で解説していますので、資産状況に不安がある方はあわせてご確認ください。
詳しくは 出国税(国外転出時課税制度)を解説した記事 をご覧ください。
4. 個人事業主が向き合う税金・お金の全体マップ

ここが本記事の核心です。個人事業主・フリーランスが海外移住にあたって向き合うことになる税金・お金のテーマを、6つに整理してお伝えします。それぞれの詳しい手続きは別記事に譲りますが、まずは「何を調べる必要があるか」の全体マップを持っておいてください。
(1) 出国税|資産1億円以上の方が対象の制度
前章でお伝えした国外転出時課税制度です。対象資産の棚卸しをしないまま出国してしまうと、後から申告漏れに気づいて慌てることになりかねません。だからこそ、資産状況の確認は移住準備の早い段階でやっておくべき項目です。
(2) 確定申告|出国前の準確定申告と出国後の扱い
出国する年は、1月1日から出国日までの所得について、出国前に準確定申告を行う必要があります。出国後も日本国内に源泉所得がある場合は、非居住者としての申告義務が発生することがあります。「出国したらもう確定申告は関係ない」と考えていると、後から申告漏れを指摘されるケースが起こり得ます。詳しい申告方法・納税管理人の選任手続きは、海外移住後の確定申告についての記事で解説しています。
(3) 国民年金|任意加入するかどうかの判断
海外転出届を出すと国民年金の加入義務はなくなりますが、任意加入という選択肢もあります。将来の年金受給額に関わる判断のため、「知らないまま任意加入の機会を逃した」という声も少なくありません。国ごとの社会保障協定の有無によっても考え方が変わってくるため、この点は次の章でも触れます。国民年金の扱いについては、海外移住と国民年金についての記事で詳しく解説しています。
(4) 海外銀行口座|開設のタイミングと日本口座の扱い
移住先での生活には現地の銀行口座が欠かせませんが、開設には現地の居住証明や在留資格が必要になることが一般的です。また、非居住者になると日本の証券口座が凍結・解約対象になるケースがあり、資産整理を出国前に済ませておく必要があります。海外銀行口座の開設手順や日本口座の整理方法については、海外で銀行口座を開設する方法の記事で詳しく解説しています。
(5) 海外送金|手数料と為替の負担を知っておく
日本と移住先の間でお金を動かす際、送金手数料や為替手数料が想像以上にかさむことがあります。事業の売上や生活費の送金を頻繁に行う個人事業主にとって、送金コストの比較は無視できないテーマです。送金手段の選び方や手数料比較については、海外送金サービス比較の記事で詳しく解説しています。
(6) NISA|非居住者になると新規買付ができなくなる
NISAは非居住者になると新規の買付ができなくなり、保有している商品の扱いにも制約が生じます。「移住してからNISA口座がどうなるか知らなかった」という相談は実際に多く寄せられます。非居住者とNISAの関係については、NISA非居住者についての記事で詳しく解説しています。
海外移住 税金の全体像をつかむには、この6つのテーマを「知らないまま出国するとどうなるか」という視点で一度洗い出しておくことをおすすめします。知らないまま出国してしまうと、後から慌てて対応することになり、選択肢が狭まってしまう場合があります。逆に、事前に調べておけば、落ち着いて一つずつ準備を進めることができます。
POINT|個人事業主が押さえるべき6つのテーマ
①出国税 ②確定申告 ③国民年金 ④海外銀行口座 ⑤海外送金 ⑥NISA。それぞれ「知らないと出国後に困ること」があります。まずは全体を把握し、自分に関係が深いテーマから順に調べていきましょう。
5. 起業ビザで移住する場合の税務の考え方

ここからは、起業ビザで移住する個人事業主ならではの税務の考え方をお伝えします。私自身、起業ビザでヨーロッパに移住し、個人事業主として事業を続けてきた立場からお話しします。
現地の税法に従いながら、日本側は非居住者として国内源泉のみ
起業ビザで移住して現地で事業を営む場合、基本的な考え方は「現地の税法に従って納税し、日本側は非居住者として国内源泉所得のみが課税対象になる」というものです。日本と移住先の両方で同じ所得に課税される二重課税の問題については、両国間に租税条約が結ばれていれば、外国税額控除などの仕組みで調整される場合があります。ご自身のケースでどう適用されるかは、税理士への確認が欠かせません。
社会保障協定の有無で年金・保険の扱いが変わる
移住先が日本と社会保障協定を結んでいるかどうかによって、年金・保険の扱いは大きく変わります。たとえば日本とオランダの間には社会保障協定があり、一定の要件のもとで年金の加入期間を通算できる仕組みがあります。一方で、社会保障協定が結ばれていない国に移住する場合は、こうした通算の仕組みが使えないため、将来の年金設計をより慎重に考える必要があります。
事業の売上構成でPE(恒久的施設)認定リスクが変わる
事業の売上が日本国内の取引先に依存している割合が高い場合、移住先での事業活動が日本国内にPE(恒久的施設)を持つとみなされ、日本での課税関係が生じるリスクがあります。売上構成をどう設計するかは、税務上のリスクマネジメントの一部として考えておくべきテーマです。
起業とは、雇われるのではなく自分に事業の主導権を持つということです。だからこそ、税務についても他人任せにせず、自分でハンドルを握る姿勢が欠かせません。もちろん専門的な判断は税理士に委ねるべきですが、「何を確認すべきか」を自分で把握しておくことが、事業を長く続けていくための土台になります。
出典:外務省「社会保障協定」
6. 「税金の安さ」で移住先を選ぶことのリスク

海外移住を検討していると、「税金がゼロ、または非常に安い国」を移住先の候補として調べる方も少なくありません。ここで一度、立ち止まって考えていただきたいことがあります。
税率の低さだけで選ぶことの3つのリスク
一つ目は、社会保障協定がない国を選んだ場合、年金の加入期間が通算されず、将来受け取れる年金額に影響が出る可能性があることです。
二つ目は、CFC税制(タックスヘイブン対策税制)のリスクです。日本の居住者や一定の要件を満たす関係者が、税率の著しく低い国に会社を設立して所得を留保していると、日本側でその所得を合算して課税される場合があります。「税率の低い国に会社を作れば節税になる」という単純な話ではないということです。
三つ目は、CRS(共通報告基準)による自動的情報交換です。多くの国の金融機関は、非居住者の口座情報を各国の税務当局間で自動的に共有する仕組みに参加しています。税率が低い国に資産を移せば見えなくなる、という時代ではなくなっています。
心が喜ぶ国を選ぶという視点
税率の低さだけで移住先を選ぶと、こうした見えにくいリスクを抱え込むことになりかねません。それに、税率だけで選んだ国で、本当に長く暮らしていきたいと思えるでしょうか。
私は移住相談を受けるとき、いつも「その国で暮らすことが、あなたの心を喜ばせるかどうか」を大切にしてほしいとお伝えしています。文化の深さ、多様性、日々の暮らしの豊かさ。税率という数字だけでは測れない価値が、そこにはあります。
税率で移住先を選ぶのではなく、暮らしたい場所を先に決めて、そのうえで事業や税務をどう設計するかを考える。このほうが、長く持続する移住のかたちになるはずです。
7. 海外移住の税金でよくある失敗と注意点

最後に、海外移住の税金まわりで実際によく見られる失敗パターンを整理します。知っていれば防げることばかりです。
① 転出届を出さずに出国し、住民税が課税され続けるケース──住民税は1月1日時点の住所地で課税が決まるため、転出届のタイミングを誤ると、想定外の課税が発生します。
② 納税管理人を選任せずに出国してしまうケース──出国税など一部の制度は、納税管理人の届出がなければ猶予措置なども受けられません。
③ 証券口座を整理しないまま出国し、口座が凍結されるケース──非居住者になると証券口座の維持が難しくなる金融機関が多く、事前の整理が欠かせません。
④ 183日ルールを鵜呑みにして「もう非居住者だ」と思い込んでしまうケース──前述のとおり、日本の国内法上の判定は生活の本拠の実質で見られます。日数だけで安心するのは危険です。
⑤ 移住先の税制を確認せずに移住し、想定外の納税で資金繰りが崩れるケース──日本側の税金にばかり気を取られ、移住先の税制を確認しないまま渡航してしまう方も少なくありません。現地の所得税・付加価値税・社会保険料の水準は、事前に把握しておく必要があります。
これらはいずれも、「知っていれば防げた」失敗です。海外移住 税金の話は複雑に見えますが、一つひとつの制度を丁寧に確認し、計画的に準備を進めれば、慌てることなく対応できます。
8. まとめ|税金は逆算して備えるもの

ここまでの内容を振り返ります。
① 非居住者になると、住民税・所得税・年金・NISAの扱いが大きく変わる
② 居住者・非居住者の判定は、住民票の手続きではなく生活の本拠の実質で判断される。183日ルールは租税条約上の考え方であり国内法の判定基準そのものではない
③ 資産1億円以上の方は出国税(国外転出時課税制度)の対象になる可能性がある
④ 個人事業主が向き合うテーマは、出国税・確定申告・国民年金・海外銀行口座・海外送金・NISAの6つ
⑤ 起業ビザで移住する場合は、現地の税法・社会保障協定の有無・売上構成のPE認定リスクまで含めて考える必要がある
海外移住 税金は、「知って終わり」ではありません。出口から逆算して、一つずつ準備を積み上げていくこと。それが、出たとこ勝負にならない移住の始め方です。この記事で渡した全体マップをもとに、ご自身に関係の深いテーマから、順番に調べていってください。
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