移住体験談

オーストリア移住で教育移住を実現|3人の娘を持つママの体験談

子どもの教育環境を変えたい。でも収入が足りない。オーストリア移住は「お金が十分にある人だけの選択肢」と思われがちですが、泊さんはその前提をひっくり返しました。事業の作り方を変えることで、オーストリア・ウィーンへの教育移住を現実の計画に変えた方です。今回は、3人の娘を持つフリーランスママの体験記をまとめました。

今回の体験者

泊さん

泊さん

日本でフリーランスライターとして5年間活動し、マーケティングライター・LP制作・YouTube台本執筆などのクライアントワークを手がける。1万字1万円の収入の天井で頭打ちになっていたところ、コンテンツ販売に転換。Threadsを集客媒体にライティング講座を販売し、3ヶ月で月30万から月295万を達成。3人の娘のためにオーストリア・ウィーンのバカロレア教育校への移住を準備中。

娘をパジャマのまま保健室に送り届ける朝が、何ヶ月も続いていました。そんな私がいま、ウィーンへの教育移住を準備しています。

オーストリア移住と聞くと、優雅で遠い話に聞こえるかもしれません。でも私にとっては、ずっと目の前にあった「娘の笑顔」と「自分の収入の壁」を同時に解決しようとした、ひどく現実的な選択でした。この記事には、フリーランスライターとして5年間積み上げてきた私が、どうやってオーストリア移住を現実の計画に変えたか。その全てを書きます。

オーストリア移住を決めた原点。パジャマのまま保健室に通う朝と1万字1万円の天井

学校の校舎

オーストリア移住を目指すことになる、ずっと前の話です。朝6時半、私はまた娘の制服をランドセルに詰め込んでいました。

「今日はパジャマで行く」と言って、着替えようとしない長女。説得を試みるけれど、時間はどんどん過ぎていく。下に2人の小さな子どももいて、朝はそれだけでバタバタしている。最終的に私が折れて、制服を袋に入れ、娘をパジャマのままチャイルドシートに乗せて、車を走らせる。片道30分かけて小学校まで送り届けて、保健室に預けて、また30分かけて帰ってくる。それが、何ヶ月も続きました。

長女はマイペースな子です。みんなと時間を合わせたり、一斉に動いたりすることが得意ではない。でも日本の小学校では、そういう子への対応が「怒る」になりがちでした。担任の先生から毎日のように大きな声で注意を受けていたと、後から聞きました。本人はそれがすごいプレッシャーになっていたのだと思います。

私はフリーランスライターとして働いていました。マーケティングライターとして、Webサイトのコンテンツ作成やクライアントワークを続けて5年。ようやく軌道に乗ってきた、と思っていたころでした。

でも、気づけば壁に当たっていました。

1万字を書いて、1万円。リサーチして、構成して、推敲して、それだけの時間と労力をかけても、単価はそこから動かない。案件が増えれば作業量も増えるけれど、収入の伸び方はついてこない。クラウドワークスやご紹介で仕事を取り続けていたので、「次の案件はあるかな」というドキドキも常にありました。

フリーランスの立場が弱い、ということも身に染みて感じていました。

ライターとしてお仕事をお願いされたのに、リサーチも資料整理も画像選定も、気づけば何でも任されている。でも報酬はライティングの分だけ。案件の途中でクライアントが消えてしまった経験もありました。フリーランスガチャ、とも言われる状況の中で、私は「このままではいけない」と感じながら、どうすればいいのかもわからないまま毎日を過ごしていました。

女性だし、母親だし、家庭での役割もある。その中で、自分はどうしたらいいのかを、ずっと考えていました。

教育環境を変えたい。でも収入が足りない。そのどちらかを諦めなければいけないのか、と。

オーストリア移住への伏線。カナダで聞いた「今日は誰にも怒られなかった」

教室の風景

オーストリア移住という選択肢が見えてくるのは、もう少し先の話です。まず、夫の仕事の都合で、カナダに引っ越す機会がきました。

私は子どもを連れて海外に出たことがなかったので、正直なところ不安の方が大きかったです。でも、娘の状況を見ていて「とにかく変えてみなければ」という気持ちが上回りました。

移住初日のことは、今でも鮮明に覚えています。

長女がカナダの学校から帰ってきて、玄関で私を見るなり言ったんです。「今日は誰にも怒られなかった」と。

それだけの言葉でした。でも私は、ああ、この子はずっとそのプレッシャーの中で毎日学校に行っていたんだ、と理解しました。翌日は自分で服を着替えて「行ってきます」と言って出ていきました。帰ってきたら「楽しかった、明日も行ってくる」と。まるで別人のようでした。

カナダの先生は、褒めることが本当に上手でした。何かできたことに対して、先生がとにかく褒めてくれる。それだけで、長女は先生のことが大好きになりました。友達もすぐにできました。

子どもが変わるのに、時間はかかりませんでした。環境を変えるだけで、こんなにも違うのかと。

ただ、カナダでの生活にはもう一つの現実がありました。物価です。

ちょうど1カナダドルが日本円と同じくらいのレートだったころのことです。でも、食料品はほぼ何でも日本の2倍以上します。子どもたちの習い事は1人につき1回180ドル。3人いれば、それだけで月に相当な金額になります。教育のためにカナダに来たのに、習い事を「予算を確認してから考える」状態になっていく。本来目指していたものと違う、という辛さがありました。

そしてもう一つ、根本的なことを考えるようになりました。

カナダに来たのは、夫の仕事の関係でした。つまり、私は自分で国を選んでいなかった。どこに住むか、いつまで住むか、次はどこに行くか。それは全て、夫の会社の判断に委ねられていました。

雇用を前提にしている限り、自分で場所を選ぶことはできない。そのことに、カナダ移住を通じて気づきました。自分で場所を選べるようになるためには、自分で稼ぐ力を持たなければいけない。教育移住を本当の意味で実現するなら、事業を自分で持つしかないと感じた瞬間でした。

オーストリア移住のために収入の壁を超える。スキル販売からコンテンツ販売への転換

ノートパソコンで作業

オーストリア移住を実現するには、まず収入の壁を超えなければなりませんでした。カナダ滞在中、私は土居さんに個別相談に行きました。

当時の私の状況は、スキル販売でした。マーケティングライター、LP制作、YouTube台本の執筆、広告のかじり、ディレクション。クライアントワークをこなす中でいろいろなスキルを積み上げてきましたが、それをそのまま時間と引き換えに売り続けている状態でした。

土居さんに話を聞いてもらって、言われたことが正直ズドンときました。

「この状況を抜けないと収入が上がらない。収入の壁が来ていると思う」と。

スキルは十分にある。でも、そのスキルを自分が持つサービスとして売るのではなく、誰かの下請けとして売っている限り、天井は変わらない。スキル販売の最大値は、せいぜい月200万円前後。それ以上に行くには、コンテンツ販売へ転換する必要がある、という提案でした。

私には、5年間のフリーランスライターとして、クライアントが何を求めているか、何を提供すれば人の実現したい未来を動かせるか、を常に考えながら仕事をしてきた経験がある。それを、コンテンツとして形にして売る。そのやり方に変えた方が、いきなりスケールが出せるという話でした。

Threadsを集客媒体にして、ライティング講座を作って販売する、という方向性を決めました。

最初は、コンテンツ販売の方向性よりスキル販売を続ける方が楽かもしれない、という気持ちもありました。「自分の名前で売っていく」ということへのプレッシャーは、想像以上に大きかったです。でも土居さんに「それだと厳しいと思いますよ」とはっきり言ってもらえたことが、背中を押してくれました。素直にコンテンツ販売に集中できたのは、そのおかげだったと思います。

Threadsは、テキストベースのメディアということもあって、投稿に対するコメントやバックエンドへのコミット率が高かったです。動画を見てふわっとした状態でくる方とは、来てくれる方の温度感が違いました。

スキル販売の時に積み上げてきた経験、つまりお客さんが何を求めているか、どうすればその人の実現したい未来に届くかを考え続けてきたことが、そのままコンテンツの中身になりました。

POINT|オーストリア移住を叶えた「売り方を変える」という発想の転換

スキルを持ちながら収入の天井を感じているなら、スキルそのものを変える必要はないかもしれません。私の場合、ライティングというスキルはそのままに、「誰かの仕事を代わりにやる」から「自分のスキルを教えるコンテンツを売る」に変えただけで、全く違う結果につながりました。

オーストリア移住か、安定か。50万の雇用オファーを断った日

決断のイメージ

オーストリア移住に向けてコンテンツ販売に切り替えてから、しばらくは不安な時期が続きました。

自分の名前で、自分のブランドで、全てを背負って売っていく。クライアントワークの時は、チームの中のライターとして動けばよかった。でも今は、集客も、コンテンツの設計も、販売も、全部自分で考えなければいけない。準備には時間がかかる。結果が出るかもわからない。そういう不安が積み重なると、誘惑が来るんです。

「毎月50万で来ませんか」という雇用のオファーが、実際にありました。

クライアントワークに戻りたい、という気持ちもありました。だって、安定しているし、すぐに収入が入ってくるし、自分を売り込む必要もない。そのオファーを見た時、正直に言うと「これでいいんじゃないか」という気持ちが半分以上でした。

土居さんに相談しました。

「それだと厳しいと思いますよ」と言われました。

その一言でした。でも、なぜダメなのか、その理由は自分でもよくわかっていました。

雇用に戻るということは、場所と時間を誰かに差し出すということです。月50万もらえたとしても、その分働く時間と場所は決まってしまう。それはつまり、自分でウィーンに行く選択ができなくなるということでした。

教育移住のために事業を作ろうとしているのに、雇用に戻れば教育移住の選択肢は消える。

その構造が、頭では分かっていた。でも、目の前に安定した収入のオファーがあると、それが見えなくなっていました。土居さんの「それだと厳しいと思いますよ」は、その構造を思い出させてくれる言葉でした。

「安定の道もある。だけどここでは望みは叶わない。じゃあどうするか」。土居さんはいつも、そういう問いを立ててくれる人でした。

断りました。コンテンツ販売を続けることにしました。

自分で決める、という力が必要だと、この経験を通じて強く感じました。特に女性は、安定や保護を選びやすい状況に置かれがちです。でも自分で決められる力がなければ、場所も働き方も、誰かに決められていくだけです。オーストリア移住という目標を、自分の意思でつかみ取るためには、その「自分で決める力」を鍛えていくしかないと思いました。

オーストリア移住を現実にした月295万とウィーンのバカロレア教育校

ウィーンの街並み

オーストリア移住の準備を進めるために、Threadsでの集客を続けながらライティング講座の販売に力を入れました。

2月から取り組み始めて、5月には月295万に届きました。3ヶ月でした。

数字だけ見ると急に見えますが、5年間のフリーランスライターとしての経験が土台にありました。クライアントが何を求めているか、どうすれば伝わるか、どんな実績を積み上げれば信頼につながるか。それを考え続けてきた5年間があって、やっと形になった、という感覚でした。急に花開いたように見えても、その前に積み上げてきた時間がある。ゆっくり、地道に積み上げてきたものが、時間差で出てきたのだと思っています。

目標は、あくまでウィーンでした。

収入が上がることは、目標ではなく手段です。子どもたちをどこで育てるか、自分がどこで生きたいか。それが先にあって、そのための事業でした。

ウィーンを選んだ理由のひとつは、バカロレア教育を学べる学校が、現実的な費用で通えることでした。

実は長女が日本にいた頃、バカロレア教育の幼稚園に通っていた時期がありました。スコアを競う教育よりも、「社会で何が起きているか、そこから自分はどう考えるか」という活動をしていた。その学びの深さと広さが、子どもたちにとても合っていると感じていました。

都内のインターナショナルスクールでバカロレア教育を受けようとすると、月30万円以上かかることも珍しくありません。でもウィーンには、月300ユーロ(現在のレートで約5万6,000円)でバカロレア教育を受けられる学校があります。3人通わせても、現実的な範囲です。

※学費・入学条件・空き状況は学校・年度により異なります。最新情報は各学校の公式サイトや現地在住者への確認をお勧めします。

ウィーンという街自体も、自分が住みたいと思える場所でした。歴史の舞台を毎日通り過ぎながら生活する豊かさ。ヨーロッパの街に流れる、何もなくても楽しめるような日常の感覚。「自分がどこに行きたいか」を起点に国を選んだ結果が、ウィーンでした。

北米に住んでいる間に感じたのは、「英語ができれば北米で生き残る」という閉じた価値観でした。アメリカのトップ大学を目指すことが正解、という雰囲気もある。でも私には、それよりもヨーロッパの多様性の中で育つ方が、子どもたちに合っている、という感覚がありました。

ウィーンは、ドイツ語圏でありながら、英語でバカロレア教育を受けられる学校が複数あります。外から来る子どものための教育に、国として力を入れている。そのことが、決め手のひとつになりました。

体験談から学んだこと

学び(1)|教育移住と事業は別問題ではない

「収入が安定したら移住する」という考え方をしていると、なかなか移住には踏み出せません。でも私が経験したのは、「移住したいから事業を作る」という順番でした。目的が先にあって、その目的を叶えるための手段として事業を設計する。教育移住と事業構築は、切り離して考えるものではなく、同じひとつの目標に向かう設計の話でした。

学び(2)|スキルがあるなら売り方を変える

5年間積み上げてきたスキルが無駄になったわけではありませんでした。スキル販売からコンテンツ販売への転換は、スキルを捨てることではなく、同じスキルをより価値の高い形で届ける方法に変えることでした。「このスキルで何ができるか」という視点が、収入の天井を超える入口になります。

学び(3)|自分に属す自由を選ぶ

50万の雇用オファーを断った話は、単なるビジネスの判断ではなかったと思います。場所も時間も自分で選びたいなら、誰かに属する働き方を選ばないことが前提になる。自分に属する自由を選ぶということが、教育移住も収入の問題も、同時に解決していく土台でした。

まとめ|オーストリア移住は「教育」と「事業」を同時に解決する道

公園の緑

この体験を通じて私が一番伝えたいのは、「教育移住」と「収入の壁」は実は別問題ではない、ということです。

どこで子どもを育てたいか。その問いに向き合ったとき、自動的に「自分でどう稼ぐか」という問いがついてくる。雇用に頼っている限り、場所は自分では選べない。だから事業を作る必要がある。そしてその事業を作る過程で、収入の天井も超えていける。

オーストリア・ウィーンは、教育環境の質と費用のバランスが取れた選択肢のひとつです。月300ユーロのバカロレア教育校、歴史と文化に囲まれた日常、多様な国籍の子どもたちと学べる環境。その全てが、「どこで育てたいか」という問いへの私の答えになっています。

同時に、教育移住を実現するためには、自分で稼ぐ力が必要です。スキルを持っているなら、その売り方を変えるところから始まります。スキル販売からコンテンツ販売への転換は、5年間の積み上げがあってこそできたことでした。急いで結果を出そうとするのではなく、地道に、丁寧に積み上げていく。その時間が、後から花開きます。

「教育移住がしたい」「収入の壁を超えたい」という方は、その2つが実は同じ方向を向いていることに気づいたとき、次の一歩が見えてくるはずです。私がそうだったように。

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