海外に住んでいると、今持っているスキルだけでこの先やっていけるのか、ふと不安になる瞬間があります。SNSを開けば「パソコン一つで自由に稼ぐ」という発信が次々に流れてきて、自分も何か新しいことを始めなければと焦りを感じる方は少なくありません。周りが新しいことに挑戦しているのを見ると、今のキャリアの延長線上で本当にやっていけるのか、不安になるのは自然なことだと思います。
ただ、海外移住してスキルを活かす方法を考えるとき、本当に必要なのは新しい技術を身につけることなのでしょうか。長年積み上げてきた専門性を横に置いて、ゼロから何かを始めることが、必ずしも正解とは限りません。今回は、20年以上のキャリアを積んできた国際協力コンサルタントの方が、既存のスキルに集中するという決断で過去最高益を出した実例から、海外で自分の強みを活かす考え方をお伝えします。
目次
1. 新しいスキルを学ぶべきか迷っていた

20年のキャリアに感じていた閉塞感
オランダ在住で、20年以上にわたって国際協力のコンサルティングを続けてきた方がいます。彼女の仕事は、国際機関が発注する調査業務を受託し、その内容を報告書としてまとめていくという、専門性の高いものです。決して一般的に知られている仕事ではありませんが、20年という時間をかけて積み上げてきた実績と信頼があってこそ成立する事業です。
20年近く同じ領域で仕事を重ねてきた中で、彼女の中にはある種の閉塞感がありました。この仕事をこのまま続けていて本当に良いのだろうか、という迷いです。加えて、ユーロがどんどん強くなっていく一方で円建ての案件を受けていたため、このままでは為替の影響を大きく受け続けることになるという不安もありました。案件数を増やすべきか、事業そのものを多角化すべきか。方向性についての迷いが、少しずつ積み重なっていた時期だったといいます。長く同じ仕事を続けてきた人ほど、こうした足踏みの感覚に心当たりがあるのではないでしょうか。
「ウェブマーケティングを学ぼう」と思った瞬間
そんなとき、SNSを開くと、副業や新しいスキルを発信する投稿が次々に流れてきました。周りでは新しいことを始めている人の発信が目に入り、ウェブマーケティングを学んでみようという気持ちが芽生え、その一歩手前まで気持ちが動いていたそうです。
背景には、子供たちの教育にはこれまで十分にお金をかけてきたのに、自分自身には何も投資してこなかったという気づきがありました。そろそろ自分にもお金をかけなければ、という思いが芽生えたといいます。この感覚自体は、とても自然なものだと思います。海外で暮らしていると、周りから新しい情報が次々と入ってきて、今のままでは取り残されるのではないかという焦りが生まれやすいからです。特に、子育てと仕事を両立させながら20年近く走り続けてきた人であれば、そろそろ自分自身にも投資したいと感じるのは無理もないことだと思います。
ただ、実際に彼女から相談を受けたとき、私がお伝えしたことは、少し違う方向でした。
コンサルティング、士業、技術職、クリエイティブ系など、専門的なスキルを持って海外に渡った方の多くが、似たような迷いを抱えています。日本で積み上げてきたキャリアが、海外では通用しないのではないか。今の仕事のまま歳を重ねていって良いのだろうか。そうした不安があるとき、目に飛び込んでくる「新しい稼ぎ方」の発信は、とても魅力的に映るものです。
2. 自分の強みに立ち戻るという選択

まず今の強みを使い切りませんか、という提案
彼女から相談を受けたとき、私がお伝えしたのは、ウェブマーケティングではなく、まず国際協力のスキルをやり切りましょうという内容でした。
20年という時間をかけて積み上げてきた専門性は、簡単に手に入るものではありません。それを一度封じて、ゼロから新しいことを始めるのは、少しもったいないのではないかと感じていました。ウェブマーケティングは、後から学んでも決して遅くありません。順番として、まずは今持っている強みで足元を固めることが先ではないかと考えていました。新しいスキルを否定しているわけではなく、あくまで取りかかる順番の問題として伝えたことです。専門性を積み上げてきた人ほど、今の仕事に飽きたと感じた瞬間に、その専門性そのものを手放したくなってしまうことがあります。しかし実際には、飽きているのは仕事の中身そのものではなく、成果の出し方や進め方が固定化してしまっていることの方が多いように感じます。
腹が座った瞬間、案件が動き出した
「そうですかね」と半信半疑の様子でしたが、彼女は上半期のうちに、自分の意志で2件の案件を取りに行きました。そして10月からウェブマーケティングを学ぶと自分の中で決め、それまでの期間は既存の仕事に集中すると覚悟を固めたのです。誰かに背中を押されて仕方なく動いたのではなく、自分自身で納得して選び直したという点が大きかったと感じています。
この「決める」という行為が、その後の展開を大きく変えました。何か特別なスキルを新しく身につけたわけではありません。ただ、腹が座った瞬間に、物事が動き始めたのです。これはスキルの問題ではなく、決めること自体が持つ力だと私は感じています。海外で事業を続けていく上では、能力を増やすことよりも先に、今ある力をどう使い切るかを決める場面が何度も訪れます。
3. 既存スキルで過去最高益が出た理由

年末までに終わる仕事と決めて応募した結果
彼女は「年末までに終わる仕事を応募しよう」と期限を決めて行動しました。10月からウェブマーケティングを学ぶという計画から逆算し、それまでに完結する案件を選んで応募していったのです。期限を先に決めてから動く、というのが彼女なりの工夫でした。
結果として舞い込んできたのは、コートジボワールとパレスチナという2つのプロジェクトでした。普段であれば紛争の影響が残る国にはあまり行かない方針を持っていたそうですが、期限内に完了する案件という条件に合致していたため、応募を決めたといいます。そしてその2件が実際に売上を大きく押し上げ、彼女の事業は過去最高益を達成することになりました。新しいことは何も始めていません。既存のスキルに集中しただけで、これまでの水準を超える結果につながったのです。
能力の問題ではなく「決めるフェーズ」に行けるかどうか
この結果から引き出したいメッセージは、仕事が取れないのは能力の問題ではなく、決断の問題だったということです。
多くの人は、検討するフェーズがいつまでも続いてしまいます。情報は十分に集まっているのに、なかなか決められない。迷い続けている間に、ただ時間だけが過ぎていくのです。彼女に必要だったのは、新しいスキルではなく、今ある力を使い切るという決断でした。
これは特別な人だけに起きることではありません。経営者であっても、自分の決断だけは自分では下しにくいという場面を何度も見てきました。だからこそ、誰かに話す、相談するというプロセスを通じて、検討から決断へと歩みを進めていくことが大切なのだと思います。
「自分には能力がないから仕事が取れないのではないか」と、自分を責めてしまう方は少なくありません。ですが、実際に起きていることの多くは、能力不足ではなく、決めるタイミングを逃し続けているというだけです。動いてみると、思っていたより自分にはできることが多かったと気づく場面は、決して珍しくありません。
:::point POINT|検討フェーズから決めるフェーズへ 検討フェーズから決めるフェーズへ移れるかどうかが、結果を分けます。海外移住してキャリアを活用しようとするとき、まず足を止めて検討し続けるより、決めて動くことのほうがずっと大きな意味を持つと私は考えています。
海外で既存スキルを活かして起業するという視点で見ても、必要なのは真新しい武器ではなく、今の自分が持っている力に対する決断の一歩であることが多いのです。 :::
4. ゼロからやるリスクと既存スキルの掛け算

やったことのない仕事の立ち上げコスト
ゼロから新しいことを始めるとき、多くの人が見落としがちなのが立ち上げのコストです。やったことのないスキルは、身につけるまでに時間がかかりますし、それを収益につなげるまでにはさらに時間がかかります。学び始めてから最初の案件が取れるまでの空白期間は、想像以上に長くなりがちです。
すでに実績のある領域を手放して、未知の領域に飛び込むのは、冷静に考えるとリスクの高い選択です。もちろん、ゼロからのスタートが正解になる場合もあります。特にキャリアそのものに強みがまだ見えていない人にとっては、新しい分野に飛び込むこと自体が大きな一歩になることもあるでしょう。ただ、すでに強みを持っている人の多くは、その強みをまだ十分に使い切れていないケースが多い、というのが私がこれまで見てきた実感です。
コンサルタントであれば、担当してきた業界や実務の知見。士業であれば、資格に裏づけられた専門性。技術職やクリエイティブ系であれば、これまで手がけてきた案件の積み重ね。どの職種であっても、海外という新しい環境で改めて価値を見直すと、まだ活かしきれていない部分が見つかることは多いものです。
強みに新しいスキルを掛け合わせる発展性
彼女の場合、次のステップとして見えてきたのは、既存の国際協力のスキルとウェブマーケティングを掛け合わせるという方向性です。
彼女はアフリカ地域を専門としており、自身の会社ではタンザニアのある島の起業家支援を、社会貢献活動の一環として続けています。そこに関わる起業家たちに、英語でウェブマーケティングを教えたいという思いがあるといいます。自分の事業のクライアントに新しいスキルを提供していく形であれば、完全にゼロから始めるのではなく、既存の基盤の上にスキルを加えていくことになります。
もちろん、これはあくまで彼女のケースにおける一つの選択肢です。誰もが同じように既存スキルと新しいスキルを組み合わせるべきだというわけではありません。ただ、焦らずもう1年ほど足元を固めてから広げていくというのは、海外で既存スキルを活かして起業を考えるうえで、参考になる進み方だと思います。既存の強みとこれから学ぶスキルは、対立するものではなく、掛け合わせることで発展していくものだと捉えておきたいところです。
大きく事業を広げようとして最初から手を広げすぎると、どちらも中途半端になってしまうことがあります。既存の強みを軸にしながら、少しずつ新しい要素を足していく。この順番を守るだけで、事業の広がり方はずっと自然になっていくと感じています。
5. 海外在住で自分のスキルを活かすためのステップ

棚卸しで「何が自分の武器か」を言語化する
海外で自分のスキルを活かしていくために、一つのアプローチとして有効なのが棚卸しです。自分が何をできて、何に価値があるのかを言語化する作業です。
20年近くキャリアを積んできた人であっても、自分のスキルを客観的に見ることは簡単ではありません。一人で考え続けていると、堂々巡りになってしまうことがよくあります。これは経験の浅い人に限った話ではなく、経営者であっても同じです。自分のことになると、意外なほど自分では判断がつかないものだと感じています。誰かに話す、いわゆる壁打ちのようなプロセスを経ることで、「そういうことか」と自分でも気づいていなかった価値に気づく瞬間があります。
まず足元を固めてから次に進む
棚卸しをして方向性が見えてきたら、次に大事なのは、いきなり大きくジャンプしないことです。今持っているスキルの延長線上で収益を安定させてから、次のスキルを掛け合わせていく。ここには正しい順番があると私は考えています。
急ぐ必要はありませんが、立ち止まったまま動かないのも良くありません。自分では自分のことをなかなか判断できないからこそ、外からの視点を借りることが大事になってきます。これはあくまで一つのアプローチであり、全員がこの通りに進むべきだという話ではありません。人によって持っているスキルも、置かれている状況も違うからです。ただ、海外移住してキャリアを活用することを考えるとき、棚卸しをして足元を固め、それから広げていくという順番は、多くの人にとって参考になるはずです。
海外での暮らしは、日本にいたときとは違う不安や焦りを連れてきます。周りの発信に影響されて、つい新しいことに飛びつきたくなる気持ちもよく分かります。ですが、今持っているスキルをやり切っていないまま次に進もうとすると、せっかくの強みを活かしきれないまま終わってしまうこともあります。まずは足元にある力を見つめ直すところから、始めてみてください。
まとめ
今回の話からお伝えしたいことを3つに整理します。
まず、海外で新しいスキルを学ぶ前に、今ある強みを使い切れているかを確認すること。次に、仕事が取れないのは能力の問題ではなく、決断の問題であることが多いということ。そして、既存のスキルに新しいスキルを掛け合わせていく発展性は、ゼロからのスタートよりも大きな力になるということです。
新しいことに挑戦したくなる気持ちは、決して悪いものではありません。ただ、その前に一度立ち止まって、今の自分にすでにある武器を見直してみる価値はあると思います。海外移住してスキルを活かす方法で悩んでいる方は、まず自分の中にすでにある強みを棚卸しするところから始めてみてください。
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