個人事業主として事業を持ちながら、海外移住を考える人が増えています。会社員として海外に行く駐在や転職とは違い、自分の事業を持ったまま海外に出るという選択です。会社に頼らず、自分の事業を軸にして住む場所を選ぶ。そういう生き方が、少しずつ現実的な選択肢になってきていると僕は感じています。
ただ、実際に動こうとすると壁にぶつかります。届出はどうするのか。税金はどうなるのか。ビザは取れるのか。会社員のように誰かが手続きを代行してくれるわけではないので、自分で一つひとつ調べて、判断していく必要があります。ここから、個人事業主が海外移住する際に必要な手続き、税金の考え方、ビザの選択肢、そして法人化のタイミングまでを、順番に整理していきます。
目次
ご注意:本記事の届出・税制・ビザに関する情報は一般的な内容の整理であり、個別の状況によって扱いが異なります。最新・正確な要件は国税庁等の公式情報や税理士等の専門家に必ずご確認ください。
1. 個人事業主が海外移住するとどうなるか

事業は続けられるのか
個人事業主が海外移住する場合、事業を続けられるかどうかはケースによります。日本国内のクライアントへのサービス提供は、オンラインで完結する業務であれば継続できることが多いです。実際、僕の周りでも、日本のクライアントを持ったまま海外に拠点を移して働いている個人事業主は珍しくありません。コンサルティングやウェブマーケティングのように、パソコン一つで完結する事業ほど、この移行はしやすい傾向にあります。
ただし、確認しておくべき点もあります。非居住者になることで税務上の扱いが変わること。状況によっては届出が必要になること。そしてビザによっては現地での就労が制限されている場合があること。この3つは、海外に出る前に整理しておく必要があります。とくにビザによっては、現地での就労は認められていても、それが「どの国のクライアントに対する業務か」まで細かく問われるケースもあるため、取得予定のビザの条件は事前に確認しておいたほうがいいでしょう。事業を続けられるかどうかは、事業の内容と、選ぶビザの組み合わせで決まると考えておくのが実務的です。詳しくは2章以降で順番に見ていきます。
なぜ個人事業主として海外に出るのか
そもそも、なぜ個人事業主として海外に出るのか。会社員として海外赴任する場合、ビザも税金の手続きも会社が手配してくれます。しかし自分の事業を持っている場合は、そのすべてを自分で対処しなければなりません。手間だけを見れば、会社員のほうが楽です。
それでも僕は、個人事業主として、あるいは自分で事業を持った状態で海外に出ることを勧めています。理由はシンプルで、自分の事業を持っているからこそ、住む場所を自分で選べるからです。雇用されている限り、異動も転勤も会社の判断です。自分がどこに住むかを、自分で決めることはできません。
一方、自分で事業を持っていれば話は別です。場所を選べるのは、雇用ではなく自分の事業を持っているからです。これは海外移住だけの話ではなく、雇用に依存しない働き方の延長線上に、住む場所を自分で選べる自由があるということだと僕は考えています。
もちろん、個人事業主として海外に出るというのは、会社という後ろ盾がない状態で移動するということでもあります。ビザも税金も、自分で調べて、自分で手続きをする。心細さを感じる場面もあると思います。それでも、雇用に頼らず自分の力で事業を続けられるかどうかは、海外でどこに住むかを選べるかどうかに直結します。次の章から、具体的に何を準備すればいいのかを見ていきます。
2. 個人事業主が海外移住する前の届出と手続き

海外移住前に、個人事業主として整理しておくべき届出がいくつかあります。事業を閉じるか続けるかによって必要な手続きが変わるため、順番に見ていきます。なお、住民票の転出届は個人事業主かどうかに関わらず、海外移住をするすべての人に関わる手続きです。
廃業届を出す場合
海外に移住して、日本での事業を完全に閉じる場合は、廃業届(個人事業の開業・廃業等届出書)を提出します。青色申告を行っていた場合は、青色申告の取りやめ届出書もあわせて必要です。
提出先は納税地を所轄する税務署で、提出期限は廃業日から1か月以内とされています。海外に出るタイミングと事業の終了時期が近い人ほど、出国前にこの手続きを済ませておく必要があります。廃業届を出すということは、日本での屋号や取引口座を含めて事業を一区切りさせるということでもあるので、取引先への連絡や請求関係の精算も並行して進めておくと、出国後に慌てずに済みます。
届出を出さずに事業を継続する場合
一方で、日本のクライアントから引き続き報酬を受け取るなど、事業を完全に閉じないケースもあります。この場合、廃業届を出すかどうかは、事業をどう継続するかという状況によって変わってきます。
非居住者になっても、国内源泉所得がある場合は確定申告が必要になるケースがあります。この点は3章で詳しく整理します。まずは、事業をどこまで続けるのか、どういう形で日本とつながりを残すのかを、出国前に自分の中で整理しておくことが大切です。取引先との契約や請求書の宛先、振込口座なども、非居住者になった後にどう扱うかを事前にすり合わせておくと安心です。
納税管理人の選任
海外移住後に確定申告が必要になる場合、自分で税務署に出向くことができません。そのため、納税管理人を選任します。納税管理人の届出書は、出国前に提出しておくのが基本です。
納税管理人は税理士でなくても、日本国内に住所のある人であれば選任可能です。家族や信頼できる知人に依頼するケースもあれば、税理士に依頼するケースもあります。確定申告が必要かどうかがまだ分からない段階でも、可能性がある場合は先に選任しておいたほうが、出国後に慌てて日本に連絡を取る手間を減らせます。非居住者の税務については、海外移住で税金はどう変わるかを整理した記事でさらに詳しく整理していますので、あわせて確認してみてください。
廃業届、事業継続の判断、納税管理人の選任。この3つを出国前に整理しておくだけで、海外に出てからの手続きの負担はかなり軽くなります。逆に、ここを曖昧にしたまま出国してしまうと、現地での生活が落ち着いてきたころに日本側の手続きで慌てることになりがちです。
3. 個人事業主の海外移住と税金

海外移住は、税金の仕組みが根本的に変わるタイミングでもあります。
非居住者になると課税はどう変わるか
海外転出届を出して非居住者になると、日本の所得税は国内源泉所得のみが課税対象になります。居住者のときは全世界所得課税、つまりすべての収入に日本の税金がかかる仕組みでしたが、非居住者になるとこの範囲が国内源泉所得だけに切り替わります。個人事業主にとっては、この切り替わりが海外移住における税金面での一番大きな変化だと言っていいと思います。
非居住者かどうかの判定基準は、住所と居所に基づいて行われますが、実態としては判断が微妙なケースもあります。滞在日数だけで機械的に決まるわけではないため、個別の事情については税理士等の専門家に確認することをおすすめします。出国してすぐに非居住者として扱われるとは限らない点も、見落としやすいポイントです。
国内源泉所得がある場合の対応
海外に住みながら日本のクライアントから報酬を受ける場合、その報酬が国内源泉所得に該当するかどうかが重要な論点になります。業務の内容や、実際にどこで役務を提供しているかによって判断が異なるため、一律に「これは該当する、これは該当しない」と言い切れるものではありません。
該当する場合、日本のクライアント側で源泉徴収が必要になるケースもあり、これは自分だけでなく取引先にも関わる話になります。この論点は、個人事業主のまま海外に出る場合に特有の実務上の壁になりやすい部分です。国内源泉所得の該当性については、税理士等の専門家に個別に確認したうえで判断することを強くおすすめします。
移住先での納税義務
移住先の国でも、納税義務が発生する場合があります。日本と租税条約が締結されている国との間では、二重課税を調整する仕組みが用意されていて、外国税額控除のような制度が使えるケースもあります。ただし、租税条約が締結されていない国もあり、調整の仕組みも国によって異なります。
税金の詳細は国ごとに大きく異なり、移住先の制度を事前に調べておくことが前提になります。税率の低さだけで移住先を選ぶ人もいますが、僕はそのスタンスには立っていません。税率で選ぶのではなく、心が喜ぶ国を選んだうえで、その国の税制を正しく理解しておく。この順番が大切だと考えています。
日本の非居住者としての扱いと、移住先の居住者としての扱い。この2つを別々に確認していく必要があるという点は、個人事業主として海外に出る場合に特に見落とされやすいポイントです。事業の届出は日本国内だけで完結する話ではなく、移住先の制度とセットで考えるものだと捉えておくと、後になって慌てずに済みます。
※税金の取り扱いは個人の状況・移住先の国によって大きく異なります。具体的な判断は必ず税理士等の専門家にご相談ください。
4. 個人事業主が使えるビザの選択肢

個人事業主のまま海外に出る場合、ビザの選択肢も確認しておく必要があります。
個人事業主ビザ・フリーランスビザがある国
個人事業主ビザやフリーランスビザを用意している国が増えています。ドイツのフリーランサービザ、オランダの日蘭友好条約に基づく個人事業主ビザ、ポルトガルのD7ビザ、そのほかスペイン、ドバイ、タイ、マレーシアなどでも個人事業主向けのビザ制度があります。
必要な年収の目安は国によって異なりますが、年収300万円前後が一つの基準として見られています。ただし、これは目安であり、国や制度によって条件は変わります。多くの国で共通しているのは、安定した収入の証明、健康保険への加入、事業内容を説明できる書類の準備などが求められる点です。渡航前に、事業として安定した売上がある状態であることが重要です。実績が浅い状態で申請しても、審査で事業の継続性を疑われてしまうことがあるため、日本にいるうちにある程度の実績を積んでから渡航するのが現実的なルートだと僕は考えています。フリーランスとして海外で働く際のビザ選びについては、また改めて整理していきます。
こうした制度が増えているのは、住む場所を自分で選べる選択肢が広がっているということでもあります。税率や物価だけでなく、自分の心が喜ぶ国かどうかを基準に選んでほしいというのが、僕のスタンスです。ドバイやマレーシアのように税負担の軽さで語られることが多い国も選択肢としては存在しますが、税率の低さだけを理由に移住先を決めることはおすすめしていません。
英語圏でのルート
一方、英語圏、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアでは、個人事業主のままでは在留資格が取りにくいのが実情です。多くの場合、法人を設立して起業ビザを取得するか、どこかに雇用されるか、という選択になります。例えばアメリカのE2ビザ、イギリスのInnovator Founder visaのように、法人を持っていることが申請の前提になっているビザも少なくありません。
英語圏に住みたいのであれば、法人化を視野に入れておく必要がある、というのが現実的な見立てです。ビザの取得しやすさは制度や個別の状況によって変わるため、確実に取得できると断定することはできません。あくまで一般的な傾向として捉えていただければと思います。法人化の実務については5章で改めて整理します。
5. 個人事業主のまま行くか、法人化するか

最後に、個人事業主のまま海外に出るか、法人化してから出るかという判断について整理します。
個人事業主のままでいい場合
売上規模がまだ小さい段階、目安として年収数百万円台であれば、無理に法人化する必要はありません。フリーランスビザが取れる国に行く場合や、日本のクライアントからの収入が中心で現地での法人設立義務がない場合も同様です。個人事業主のままのほうが、手続きがシンプルでコストも低く済みます。法人を持つと、設立費用や維持コスト、会計・税務の手間も増えるため、事業規模が伴わないうちに法人化しても、管理の負担だけが先に重くなってしまいます。
個人事業主のまま海外に出て、事業が育ったタイミングで法人化を検討するという段階的なアプローチも十分にあり得ます。僕自身、成長スピードを一気に上げようとする道は勧めていません。事業は地道に積み上げていくものであり、法人化も含めて、段階を踏んで判断していくのが結果的に長続きする形だと考えています。個人事業主として海外での生活と事業運営に慣れてから法人化に進む、という順番は、決して遠回りではありません。
法人化を検討すべきタイミング
法人化を検討すべきタイミングにはいくつかの目安があります。所得が900万円から1,000万円を超えてくる段階、英語圏でビザを取りたい場合、現地でスタッフを雇いたい場合、そして取引先からの信用が必要になる場合です。これらのどれか一つに当てはまったら即座に法人化すべきという話ではなく、複数の要素を総合的に見て判断していくものだと捉えてください。
所得と税率の関係については、個人と法人の税率を比較した記事で詳しく扱っていますので、そちらも参考にしてください。法人化の全体的な流れや手順については海外で会社を設立する方法を整理した記事で整理しています。
大切なのは、行ってから考えるのではなく、最初から出口を見据えて判断することです。個人事業主のまま行くのか、法人化してから行くのか。どちらが正解というものではなく、事業の段階に応じて逆算して判断していく。それが、海外移住を長く続けていくための考え方だと僕は思っています。
僕自身、イギリスで法人を経営していますが、最初から法人ありきだったわけではありません。事業の実態に合わせて形を変えてきた結果、今の形になっています。個人事業主か法人かという選択も、一度決めたら変えられないものではなく、事業の成長に合わせて見直していけばいい話です。
まとめ|個人事業主の海外移住は、事業の段階に応じて判断する

ここまでの要点を3つに整理します。
個人事業主が海外移住する場合、廃業届・納税管理人の選任・確定申告など、事前に整理しておくべき手続きがあります。税金は非居住者のルールに切り替わり、国内源泉所得の有無と移住先の制度を確認しておく必要があります。そして、個人事業主ビザのある国は増えていますが、英語圏では法人化が必要になるケースが多いです。
個人事業主のまま行くか、法人化してから行くか。どちらにも現実的な選択肢がある中で、事業の段階に応じて判断していくことが大切です。手続きも税金もビザも、調べれば調べるほど細かい論点が出てきます。それでも、一つひとつ整理していけば、決して手の届かない話ではありません。自分の事業を持ったまま、住みたい国で暮らす。まずは届出と税金の全体像を把握するところから、その第一歩を踏み出してみてください。
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