子どもが学校に行かなくなった。理由を聞いても、はっきりした答えは返ってこない。どうしたらいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていく。そんな不登校・登校しぶりの経験をきっかけに、思い切って海外へ教育移住した家族がいる。
今回紹介するのは、男の子3人を育てる母親が、子どもたちの不登校をきっかけにオランダへ教育移住してから5年間の記録だ。学校選びの葛藤、渡航の決断、そして子どもたちと自分自身に起きた変化を、できるだけそのままの温度で伝えたい。
目次
1. 不登校がきっかけで海外移住を考え始めた理由

真ん中の子が学校に行かなくなった日
男の子3人を育てるある女性にとって、転機はコロナ禍の少し前に訪れた。当時、長男は小学6年生、真ん中の子は小学2年生、末っ子は年長だった。ある日、真ん中の子が学校を休みたいと言い出した。2日ほど休ませると、今度はもっと休みたいと繰り返すようになり、そのまま学校に足が向かなくなっていった。
長男も、4時間目や5時間目にならないと登校できない登校しぶりの状態が続いていた。何が嫌なのか本人に聞いても、本人自身よくわかっていない様子で、原因がはっきりしないまま半年ほどが過ぎていった。理由を言葉にできないまま、ただ行きたくないというだけで、家族全員が手探りの状態が続いた。
コロナ禍で見えた「学校がないほうが元気」という事実
状況が動いたのは、コロナ禍でロックダウンに近い状態になったタイミングだった。学校も習い事も軒並みお休みになり、子どもたちは家で過ごす時間が一気に増えた。すると、それまで元気がなかった子どもたちが、見違えるほど生き生きし始めた。久しぶりにこんなに元気な姿を見た、と感じるほどの変化だった。
もともと海外で子育てをしたいという思いは以前から持っていた。パートナーの海外駐在の話が出た時期もあったが、リーマンショックや東日本大震災など様々な事情が重なり、実現しないまま時間が過ぎていた。そこに子どもたちの不登校が重なり、日本の教育制度がこの子たちには合っていないのではないか、という直感が強くなっていった。国際協力の仕事で海外に出張する機会が多く、現地の子どもたちがのびのびと自由に振る舞う様子を見てきたことも、この直感を後押しした。日本であれば問題行動と見なされかねない振る舞いが、海外では単なる子どもらしさとして受け止められている。その違いを肌で知っていたことが大きかった。子どもの心が元気を失っていく場所に、無理に留まり続ける必要はない。
2. なぜオランダを選んだのか

日蘭条約とビザの取りやすさ
移住先としてオランダが具体的に浮上したのは、ある交流会で日本とオランダの間に結ばれている通商条約の存在と、それによってビザが比較的取得しやすいという話を聞いたことがきっかけだった。もともとリサーチ気質で、気になったことは徹底的に調べずにいられないタイプだったこともあり、そこから一気にオランダについて調べ始めた。
周囲に「オランダに行きたい」と話すと、思いがけないほど話がとんとん拍子に進んでいった。知人からオランダ在住の人を紹介してもらったり、同業の先輩がオランダに住んでいることが分かったりと、情報とつながりが次々に集まってきた。渡航までの準備期間は1年ちょっと。2021年8月、実際にオランダへの移住を果たした。
※日蘭間の通商協定にもとづくビザ制度の詳細や最新の要件は、オランダ移民帰化局(IND)等の公式情報を必ず確認してください。
教育環境と子育ての相性
オランダは、これまでの人生で縁のある場所でもあった。国際協力の仕事で出張が多く、3年ほどの間に20回近くスキポール空港を経由していた。オランダの乗り換えのしやすさ、合理的でありながら英語が通じる文化には、以前から馴染みがあった。イギリスに留学していた時期の帰国便もスキポール空港経由で、思い入れのある場所でもあった。
英語が通じること、合理的な国民性、そして教育環境の評価の高さ。この3つが、オランダを選ぶ決め手になった。イギリス留学の経験もあり、ヨーロッパの教育が持つ自由さは、ある程度肌感覚として知っていた。子どもたちにはこの環境が合いそうだという直感を、最終的には信じることにした。直感とリサーチとつながり、その3つが重なった時に、移住先は決まっていく。
3. オランダの学校はここが違う

時間割がない、宿題がない、でも学力は見ている
現地校に転入するにあたり、時間割を教えてほしいと学校に尋ねたところ、決まった時間割のようなものは特になく、大体こんな内容で進めていて毎日中身が変わる、という答えが返ってきた。宿題もほとんどない。高学年になると週に1回程度の提出物はあるが、それも子ども自身に任されていて、親が細かくチェックする仕組みにはなっていない。
一見すると放任のようにも見えるが、学校側が子どもの学力を見ていないわけではない。地頭の良さを測るようなテストを、親の知らないところでエビデンスに基づいてしっかり実施している。小学校6年生にあたる年齢で行われるこのテストの結果をもとに、その後の進路が3段階のコースに振り分けられる。フェベイオー(VMBO)、ハブハーボ(HAVO)、VWOと呼ばれるコースで、実務寄りの進路から大学進学を前提とした進路まで、子どもの適性を担任の教師が見極めて判断する仕組みになっている。
*※オランダの教育制度・進路コースの詳細な要件は改正される可能性があります。最新情報はオランダ政府の教育情報サイト等の公式情報を確認してください。*
先生の見た目はラフでも、教育のディグリーは高い
現地の先生は、タトゥーが入っていたり、服装もかなりラフだったりと、日本の教師のイメージとはかなり違う。しかし、子どものことに関しては驚くほどしっかり見ている。大学院を修了しているなど、教育に関する高い学位を持つ先生も多い。
日本であれば、この先生に任せて大丈夫だろうかと不安になりそうな見た目でも、オランダでは安心して任せられるようになっていった。見ていないようで見ていて、見ているようで見ていない。そんな絶妙なバランスの中で、子どもの自主性と学力の両方が育っていく仕組みになっている。管理されない環境こそが、子どもが自分で考える力を育てる。
4. 5年経って子どもたちはどう変わったか

オランダ語ゼロからペラペラへ
渡航当初、子どもたちのオランダ語力はゼロだった。それが今では3人とも、母親よりもオランダ語が上手なほどになっている。学校関係の手続きや連絡は、今ではほとんど子どもたち自身に任せている状態だ。
日本にいた頃は、公文に通わせ、漢字練習や音読、丸つけと、毎日何かしらのタスクチェックに追われていた。保育園の送り迎えも13年間ワンオペで担っていて、パートナーの助けもほとんど得られないまま、ほぼすべてを一人でこなしていた。オランダに来てからは、そうしたチェックの日々がまったくなくなった。
自分で決めて、自分で動く子どもに
5年が経ち、長男は自分の意思で難関とされる学校の受験に挑戦し、合格を勝ち取った。10校ほど見学に回り、その中で一番良いと感じた学校は正直厳しいだろうと思っていたが、本人が自分で行くと決め、面接対策やボランティア活動まで、すべて自分で準備を進めていった。合格の知らせが届いた時には、そこまで対策していたとは知らなかったほどだった。
オランダの進学選考は、テストの点数だけで決まるわけではない。面接や、日頃のボランティア活動など、多角的な視点で子どもを評価する仕組みになっている。この仕組みが、子ども自身の自主性を自然と引き出す環境として機能している。日本にいた頃は、受験も勉強も親が管理してやらせるものだったが、オランダに来てからは、子どもが自分で決めて自分で動くことが当たり前になっていった。
5. 親自身の変化と新しい暮らし方

「管理しなきゃ」から解放された日常
日本にいた頃の毎日は、常に何かをこなすことの連続だった。学童のお迎えに間に合わせるためにタクシーを使ったり、先生にいつも謝りながら駆け込んだり。子どもが帰ってきてから夜10時半まで、座る時間がほとんどないほど動き続けていた。頭の中では常にいくつものタスクが立ち上がっていて、あれもこれも終わらせなければ、という感覚がずっと続いていた。
オランダに来てからは、朝起きてやり残していることがあっても、まあなんとかなるだろう、と思えるようになった。多少遅れても現地の人が特に気にする様子もなく、日本にいた頃のようにあらゆる方向へ申し訳なさを感じながら動く必要がなくなった。体の重さそのものが変わったと感じるほどの変化だった。自分の人生を、誰かの基準や罪悪感で縛らなくていい。
永住権取得への道のり
渡航から4年半が経ち、オランダ語の試験も5科目のうち3科目をクリアしている。残り2科目に合格すれば、永住権の取得が視野に入る段階まで来ている。子どもたちについても、永住権取得の条件を満たしつつある状況だ。
最初の目的はあくまで子どもたちの教育移住だったが、結果として大きく変わったのは親自身の人生でもあった。13年間ワンオペで保育園の送り迎えを担っていたころとは、まったく別の生き方がそこにはある。
※オランダの永住権取得要件やオランダ語試験(インブルヘリング)の詳細は、オランダ移民帰化局(IND)等の公式情報で確認してください。
6. 教育移住を考える親に伝えたいこと

この家族の5年間から見えてくるのは、教育移住を考えるうえでのいくつかのポイントだ。
①子どもが今の環境を「合わない」と感じているのであれば、その環境を変えるという選択肢がある。不登校は子ども自身の問題というより、子どもと環境のミスマッチから生まれているケースが少なくない。
②移住先選びは、直感とリサーチ、そして人とのつながりが重なったときに決まっていく。ビザの取りやすさ、教育制度、英語が通じるかどうか、実際に住んでいる人からの生きた情報。これらが一つの方向を指し始めたとき、決断は自然と後押しされる。
③子どもの変化は、親が管理をやめたときに始まりやすい。すべてを親がコントロールしようとするのではなく、子ども自身が考え、決める余地を残しておくこと。それが、子どもが自分の力で動き出す環境をつくっていく。
大切なのは、子どもだけでなく、親自身の心が軽くなる場所を選ぶことだ。どんな国、どんな学校が正解かは家庭によって違う。ただ、今の環境で子どもの心が少しずつすり減っていると感じているなら、環境を変えるという選択肢が存在することだけは、知っておいてほしい。
まとめ
不登校をきっかけに、男の子3人を連れてオランダへ教育移住した家族の5年間を紹介した。子どもたちはオランダ語をゼロから習得し、自分で進路を切り拓くところまで成長した。オランダの学校は一見自由に見えるが、その裏側ではエビデンスに基づいた学力評価がしっかりと行われている。そして何より、教育移住は子どもだけでなく、親自身の人生も大きく変えていく。管理から信頼へ。そのシフトが、家族全員の心を軽くしていく。
本記事は特定の家族の体験にもとづく内容です。教育移住やビザ、永住権に関する制度は改正される可能性があるため、実際に検討する際は必ず公式情報・専門家にご確認ください。
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