海外移住を検討し始めると、税金まわりの話の中で必ずと言っていいほど出てくるのが「出国税」です。名前だけを聞くと「海外に行く人全員にかかる税金」のようにも思えますが、実際の中身を正確に理解している人は多くありません。
この記事では、出国税の正式名称である「国外転出時課税制度」の仕組みと対象者の要件、税率、申告・納税の手続き、そして納税を先送りできる猶予制度までを整理します。私自身、海外移住のコンサルティングを通じて多くの方の移住準備を見てきた立場から、制度を正しく理解し、必要な備えをひとつずつ整えていくための情報をお届けします。
目次
ご注意:本記事の税制・手続きに関する情報は2026年7月時点のものです。税制は改正される場合があります。ご自身の状況への適用については、必ず 国税庁公式サイト または税理士にご確認ください。
1. 出国税とは|2つの「出国税」を混同しない

国外転出時課税制度としての出国税
「出国税」と呼ばれる制度の正式名称は「国外転出時課税制度」です。2015年(平成27年)7月1日に施行された比較的新しい制度で、一定の要件を満たす方が海外へ転出する際に、保有する有価証券などの含み益に対して所得税が課される仕組みです。
制度の骨格はシンプルです。1億円以上の有価証券等を保有する居住者が海外転出する場合、その資産をまだ売却していなくても、出国日に時価で売却したとみなして課税します。これを「みなし譲渡課税」と呼びます。実際にはお金が入ってきていないのに、含み益部分に税金がかかるという点が、この制度の最大の特徴です。
この制度が作られた背景には、国際的な租税回避への対応があります。日本で含み益を抱えたまま、キャピタルゲイン非課税の国へ移住してから売却すれば、日本の税金を負担せずに済んでしまう。こうした資産移転を防ぐことが目的であり、OECDが主導する国際的な税制協調の流れの一環でもあります。
出国税と国際観光旅客税(空港税)の違い
「出国税」という言葉で検索すると、実はもう一つ、まったく別の税金がヒットします。それが「国際観光旅客税」、いわゆる空港税です。
この2つは名前が似ているだけで、性質も対象者も金額規模もまったく異なります。
国際観光旅客税は2019年1月から導入された税金で、日本から出国するほぼすべての旅行者を対象に、出国1回につき一定額が航空券代等に上乗せされる形で徴収されます。当初は1,000円でしたが、2026年7月1日から3,000円に引き上げられました。旅行者全員が対象という点で、いわば間接税に近い性質を持っています。
一方、本記事で扱う国外転出時課税制度(出国税)は、1億円以上の有価証券等を保有する一部の方だけが対象で、含み益に対する所得税という直接税です。金額規模も、前者が3,000円(2026年7月引き上げ後)であるのに対し、後者は資産状況によっては数百万円以上になることもあります。
この記事で解説するのは、後者の「国外転出時課税制度」です。この違いを最初に押さえておくことで、以降の内容を正確に読み進めていただけます。
出典:財務省「国際観光旅客税」
2. 出国税の対象者|1億円以上の有価証券と居住期間の要件

出国税の対象者となる資産の範囲
出国税(国外転出時課税制度)の対象となるのは、次のような有価証券等です。
① 上場株式・非上場株式
② 投資信託
③ 社債・公社債
④ 匿名組合出資持分
⑤ 未決済のデリバティブ取引(信用取引・発行日取引を含む)
一方で、不動産や預貯金はこの制度の対象外です。「海外移住=保有資産すべてに課税される」というイメージを持たれることがありますが、対象はあくまで有価証券等の金融資産に限られます。自宅や投資用不動産、銀行預金は対象資産に含まれないという点は、正確に理解しておく必要があります。
出国税の対象者となる所有等の金額の判定基準(1億円以上)
対象資産の合計額が1億円以上かどうかは、国外転出の予定日時点で判定されます。判定は時価ベースで行われ、取得したときの価額ではなく、出国日時点での評価額(終値等)が基準になります。
判定にあたっては、複数の証券会社に口座を分散して保有している場合でも、すべての口座の残高を合算して判定します。「A社の口座は8,000万円、B社の口座は3,000万円だから、それぞれは1億円未満」という考え方は通用しません。合計で1億円を超えていれば対象になります。
なお、判定はあくまで本人名義の資産で行われ、家族名義の資産は合算されません。
ここで注意したいのは、含み益の変動によって、出国時点で初めて1億円を超えるケースがあることです。「数年前に資産を確認したときは9,000万円だったから大丈夫」と思っていても、株価の上昇により出国時に1億円を超えていれば対象となります。出国を予定している方は、直前の時価で改めて確認することが欠かせません。
出国税の対象者となる居住期間の要件(10年中5年超)
出国税のもう一つの要件が、国内居住期間です。国外転出をする日前10年以内において、国内に住所または居所を有していた期間が5年を超えていることが条件になります。
この要件があるため、すでに海外に長期間在住していて、直近10年のうち国内居住が5年以下という方は、資産額にかかわらず対象外となります。
この居住期間要件は、2015年の制度創設当初から「出国前10年以内に5年超の国内居住」という基準で設計されています。
POINT|出国税の対象者は「1億円以上」と「10年中5年超」の両方を満たす人
出国税は「資産1億円以上」だけでは対象になりません。「10年以内に国内居住5年超」という居住期間の要件も同時に満たす必要があります。どちらか一方が欠ければ対象外です。
3. 出国税の税率と課税の仕組み

出国税は、対象資産をみなし譲渡したものとして、含み益部分に課税されます。税率は上場株式等の譲渡益に適用される申告分離課税と同じ、所得税及び復興特別所得税で15.315%です。なお、出国後は住民税の課税対象外となるケースが一般的で、実務上は所得税・復興特別所得税分の15.315%のみが課される場合が多いとされています。ご自身のケースでどちらが適用されるかは、税理士への確認が必要です。
具体例で見てみましょう。例えば、取得価額5,000万円の有価証券が、出国時点で時価1.5億円になっていたとします。この場合の含み益は1億円です。この1億円に対して15.315%の税率が適用されると、税額はおよそ1,531万円になります。
ここで重要なのは、この課税が「みなし譲渡」に基づくという点です。実際に有価証券を売却していなくても、出国日に売却したものとみなして課税されるため、手元に現金が入ってこない状態で、多額の納税義務だけが発生することがあります。売却していない資産に対して、資金繰りの問題が生じうるということです。
この「売却していないのに納税資金が必要になる」という問題に対応するために設けられているのが、後述する納税猶予制度です。
本制度の適用可否や税額計算は個別の状況により異なります。詳細は必ず 国税庁公式サイト または税理士にご確認ください。
4. 出国税の申告・納付手続きの流れ

出国税の確定申告(準確定申告)の期限と届出
出国税の対象者は、国外転出をする日までに確定申告(準確定申告)を行う必要があります。ここが最も見落とされやすいポイントです。通常の確定申告は翌年3月15日が期限ですが、出国税の場合は「出国日」そのものが実質的な期限になります。
年の途中で出国する場合は、1月1日から出国日までの所得が申告の対象です。提出先は、出国時点での納税地を所轄する税務署になります。
期限に間に合わなかった場合は、延滞税や加算税といったペナルティが発生する可能性があります。出国のスケジュールが決まった時点で、早めに所轄の税務署へ相談しておくことをおすすめします。
出国税における納税管理人の選任
出国税の対象者は、出国前に「納税管理人」を選任し、届け出る必要があります。納税管理人とは、出国後に税務署とのやり取りを代行する役割を担う人のことです。
納税管理人には、国内に住所のある個人または法人であれば、親族でも税理士でもなることができます。この届出は所轄の税務署に提出します。
この手続きは単なる事務作業ではありません。納税管理人の選任・届出がなければ、次章で解説する納税猶予制度も適用を受けられません。出国税の申告を検討している方にとって、必須のステップです。
5. 出国税の納税猶予制度|すぐに納付しなくて済む場合がある

出国税の納税猶予の適用要件と担保提供
出国税には、含み益があってもすぐに現金で納付しなくてよい「納税猶予制度」が用意されています。対象になる方にとっては、資金繰りの不安を大きく和らげる制度です。
猶予を受けるための要件は次の3つです。
① 確定申告書に納税猶予を適用する旨を記載すること
② 担保を提供すること
③ 出国前に納税管理人の届出を済ませていること
担保として提供できるのは、対象となった有価証券そのものに限りません。不動産や国債なども担保として認められます。
つまり、含み益に対する税額が発生していても、これらの要件を満たして猶予を受ければ、出国時点でまとまった現金を用意する必要はありません。「出国税=出国前にすぐ大金が必要になる」という不安は、猶予制度を正しく使えば大きく軽減できます。
出国税の継続適用届出書と5年・10年の期限
納税猶予の期間は、原則として国外転出の日から5年間です。届出を行うことで、最長10年まで延長することができます。
猶予を継続するためには、毎年「継続適用届出書」を、納税管理人を経由して3月15日までに税務署へ提出する必要があります。この届出を1回でも怠ると、猶予が取り消され、その時点で納税義務が即座に復活します。
また、猶予期間中に対象の有価証券を実際に売却した場合は、その時点で課税が確定します。猶予は「税金がなくなる」制度ではなく「先送りできる」制度であり、毎年の届出という管理コストが発生することは、事前に認識しておく必要があります。
出国税は帰国した場合に課税が取り消される
猶予期間内に日本へ帰国し、かつ対象の有価証券を継続して保有している場合は、当初の課税そのものが取り消され、納付済みの税額があれば還付を受けられます。
ただし、帰国前に対象資産を売却してしまっていた場合は、この取消しの対象にはなりません。あくまで「猶予期間中に、資産を保有したまま帰国した」場合の救済措置です。
海外移住の計画が変わり、事情があって帰国することになった場合にも、こうした救済措置が用意されているという点は、出国税を必要以上に恐れる必要がないことの裏付けにもなります。
猶予制度のまとめ
納税猶予は「①確定申告で猶予適用を記載」「②担保提供」「③納税管理人の届出」の3要件がそろって初めて使えます。適用後も毎年の継続届出が必須で、怠ると猶予は即座に取り消されます。制度を使いこなすには、出国前の準備段階からの計画が欠かせません。
6. 海外移住を考える人が出国税について今知っておくべきこと

ここまで、出国税の制度としての中身を見てきました。最後に、海外移住を考えている方に向けて、この制度とどう向き合うべきかをお伝えします。
一つ目は、「今は1億円未満だから自分には関係ない」で済ませないでほしいということです。出国税は、出国する時点での資産額で判定されます。もし今、事業を育てている最中であったり、投資を続けているのであれば、将来の自分がこの制度の対象になる可能性は十分にあります。今は関係がなくても、将来の自分ごととして制度の存在を知っておくことには意味があります。
二つ目は、移住は「行ってから調べる」ものではなく、「事前に制度を把握したうえで、逆算して設計する」ものだということです。私は移住を考える方には、最初から出口や制度面まで含めて全体像を設計することをお伝えしています。出国税のような税制も、行ってから慌てて調べるのではなく、移住計画の初期段階から視野に入れておくべき要素の一つです。
三つ目は、制度の準備と同じくらい、稼ぐ力の準備も重要だということです。出国税は資産が育つほど関係が深くなる制度です。だからこそ、資産形成や事業づくりを進める過程では、税制の知識も並行して身につけておく必要があります。
ここで一つ、お伝えしておきたいことがあります。出国税への備えも、事業づくりも、短期間で一気に整えるものではありません。制度を理解し、資産状況を把握し、必要であれば税理士に相談する。この一つひとつを、地道に積み重ねていくことが大切です。急いで結論を出そうとせず、ひとつずつ確認しながら進めていく。それが、出たとこ勝負にならない準備の仕方です。
節税のためのテクニックや、制度の抜け穴を探すような話は、この記事では一切扱いません。大切なのは、制度を正しく知り、正しく備えることです。
7. 出国税に備える|移住前にやっておきたい準備チェックリスト

出国税の対象になりうる方が、移住前に確認しておきたい項目を時系列で整理しました。
① 保有資産の棚卸し:証券口座・投資信託・デリバティブ取引等の時価合計を、複数口座がある場合はすべて合算して確認する
② 出国予定日の確定:判定時点は出国日であるため、予定日を早めに固めておく
③ 納税管理人の選任・届出:出国前に、国内在住の個人または法人(親族・税理士等)を選任し、所轄税務署に届出を行う
④ 税理士への相談:対象資産の判定・税額試算・猶予制度の要件確認は専門的な判断が必要なため、早い段階で税理士に相談する
⑤ 確定申告書の準備:出国日までの準確定申告書を用意する。納税猶予を希望する場合は、担保提供に必要な書類も併せて準備する
⑥ 継続届出のスケジュール化:猶予を受ける場合、毎年3月15日までの継続適用届出書の提出を、年間スケジュールに組み込んでおく
出国税は、海外移住準備全体のうちの一項目に過ぎません。ビザ、年金、保険、送金、生活基盤づくりなど、移住には他にも整えるべき要素が数多くあります。出国税への備えも、そうした総合的な移住設計の一部として位置づけて進めていくことが大切です。
8. まとめ|出国税を正しく知り、逆算で備える

出国税について、ここまでの内容を振り返ります。
① 出国税の正式名称は「国外転出時課税制度」。空港税として知られる国際観光旅客税とは別の制度
② 対象者は「1億円以上の有価証券等の保有」と「10年中5年超の国内居住」の両方を満たす人
③ 税率は申告分離課税で15.315%(所得税・復興特別所得税)。住民税の取扱いは個別の状況による。売却していなくても含み益に課税される
④ 納税猶予制度があり、担保提供と毎年の届出を条件に、出国時点での現金納付を先送りできる
⑤ 今は対象外でも、将来の自分ごととして知っておくことが、逆算設計の第一歩になる
制度を正しく知り、必要な準備をひとつずつ整えていくこと。それが、出たとこ勝負にならない海外移住の始め方です。
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