海外移住を考えたとき、多くの方が気にかけるのがNISA口座の扱いです。「非居住者になったらNISAは全部なくなるのか」「届出を出せば継続できると聞いたが、自分の場合は使えるのか」。こうした疑問を持つ方に、正直にお伝えしなければならないことがあります。
結論からお伝えすると、NISA非居住者の継続保有制度は存在しますが、対象者は限定的です。この制度を使えるのは「転任の命令等やむを得ない事由」で一時出国する人に限られており、自分の意思で海外移住する方の多くは対象外になる可能性が高い。この記事では、制度の正確な適用範囲と、自己都合で海外移住する方にとっての現実的な選択肢を、一次情報をもとに整理します。
目次
ご注意:本記事の税制・手続きに関する情報は2026年7月時点のものです。税制は改正される場合があります。ご自身の状況への適用については、必ず金融庁公式サイトまたは証券会社・税理士にご確認ください。
1. 海外移住するとNISA口座はどうなるか|原則と例外

原則|非居住者はNISA口座を維持できない
NISA(少額投資非課税制度)は、もともと日本国内に住む居住者を対象にした税優遇制度です。そのため、海外移住によって税務上の非居住者になると、NISA口座はそのままの形では維持できないというのが制度の大前提になります。
「海外に住む=NISAが自動的に使えなくなる」という理解自体は、実は間違っていません。ただし、これはあくまで原則の話であり、制度上は一定の条件を満たす方に限り、出国後も最長5年間保有を続けられる例外ルールが存在します。
※出典:金融庁「NISAを知る」
例外|「継続適用届出書」で最長5年間保有可能(ただし対象者に注意)
出国前に証券会社へ「継続適用届出書」を提出すれば、非居住者になった後も最長5年間、NISA口座内の商品をそのまま保有し続けられる制度があります。この継続保有の仕組みは2019年(平成30年度税制改正)から存在しており、2024年の新NISA制度へ移行した後も引き続き適用されています。
継続保有が認められている間は、新規の買付こそできないものの、すでに保有している商品については非課税のメリットを維持したまま持ち続けることができ、売却も可能です。
ただし、この制度を使える対象者には明確な制限があります。次のセクションで詳しく解説しますが、自分の意思で海外移住する方の多くは対象外になる可能性が高い点を、先にお伝えしておきます。
※出典:国税庁「NISA及びつみたてNISAの手続に関するQ&A」Q22・Q23/日本証券業協会「2024年以降のNISAに関するQ&A」Q75
5年を超えたらどうなるか
継続保有できる期間には上限があります。出国から5年が経過すると、NISA口座内の商品は自動的に課税口座(特定口座または一般口座)へ移管されます。
移管後は非課税の恩恵を受けられなくなりますが、商品を強制的に売却させられるわけではありません。保有自体は課税口座で継続できます。「5年を過ぎたら手放さなければいけない」という誤解も見られますが、そうではなく、非課税というメリットだけが終了する、という理解が正確です。
なお、課税口座への移管時には、取得価額が移管日(廃止日)の時価に洗い替えられます。つまり、NISA口座で保有していた間に生じた値上がり分は非課税のまま確定し、移管後はその時点の時価を基準として新たに含み損益が計算される仕組みです。
2. NISA継続保有制度の対象者|自己都合移住は使えない可能性が高い

継続適用届出書を提出できる人の条件
ここが、海外移住を考えている方にとって最も重要なポイントです。
継続適用届出書を提出できるのは、「給与等の支払をする者からの転任の命令その他これに準ずるやむを得ない事由」により一時的に出国する人に限定されています。日本証券業協会のQ&Aでは、この「やむを得ない事由」の判断基準として以下の2点を挙げています。
① 第三者(雇用主等)からの命令・指示による出国であること
② 代替が難しいこと、または従わなければ不利益を被ることが予想されること
そして明確に対象外とされている例として、「自己都合による留学」「国外にいる家族の介護のための出国」「ボランティア活動等による出国」が挙げられています。
つまり、会社の海外赴任命令で出国する方は対象になりますが、自分の意思で海外移住する方、海外で起業するために出国する方、自ら海外転職を選んで出国する方は、この制度を使えない可能性が高いということです。
※出典:日本証券業協会「2024年以降のNISAに関するQ&A」Q64・Q75
自己都合移住者にとっての現実|継続届出は使えない前提で考える
この記事を読んでいる方の多くは、「自分の力で事業を作り、好きな国に移住する」ことを考えている方だと思います。その場合、継続適用届出書の対象にはならない可能性が高い。これは厳しい現実ですが、正直にお伝えすべき事実です。
継続届出が使えない場合、出国日をもってNISA口座は廃止されます。その時点で保有していた商品は、自動的に課税口座へ移管されます。移管時の取得価額は移管日の時価に洗い替えられるため、移管という手続き自体で課税が発生するわけではありません。
なお、これは資産1億円以上の方を対象とする「出国税(国外転出時課税制度)」とは別の論点です。NISA口座の廃止・移管の話と出国税の話は、制度として別に整理して考える必要があります。
※出典:日本証券業協会「2024年以降のNISAに関するQ&A」Q67・Q14注1
会社の海外赴任命令で出国する方への手続き
会社からの転任命令で海外赴任する方は、継続適用届出書の対象になります。この場合の手続きは以下のとおりです。
出国日の前日までに、口座を開設している証券会社へ「継続適用届出書」を提出します。対象になるのは、届出の時点ですでに保有している商品のみです。届出を済ませて非居住者になった後は、新規の買付はできなくなります。この点は、つみたて投資枠・成長投資枠のどちらであっても共通です。
証券会社によって非居住者口座の取扱いや手続きの流れが異なるため、必ず出国前に自分の証券会社へ直接確認してください。制度として継続保有が認められていても、口座を持つ証券会社が対応していなければ、その恩恵を受けることはできません。
※出典:国税庁「NISA及びつみたてNISAの手続に関するQ&A」Q22・Q23
3. 非居住者がNISA口座の商品を売却するとどうなるか

継続保有中の売却は非課税のまま(海外赴任者の場合)
出国から5年以内、継続保有の期間中にNISA口座内の商品を売却した場合は、NISA本来の非課税が適用されます。売却益に対して日本の税金がかからないという、NISAの最大のメリットがそのまま維持される形です。
これは、海外赴任命令で出国し、継続適用届出書を提出した方にとっての大きなメリットです。
※出典:金融庁「NISAを知る」
課税口座移管後の売却(自己都合移住者・5年超過後の共通ルール)
NISA口座が廃止され、課税口座へ移管された後に売却する場合は扱いが変わります。所得税法上、非居住者による株式等の譲渡益は原則として日本国内では非課税とされています(所得税法第161条第1項第8号の2。事業譲渡類似株式として一定割合以上を保有している場合など、一部の例外を除きます)。
ただし、これはあくまで日本国内の課税の話です。移住先の国との間で結ばれている租税条約の内容によっては、移住先の国で課税されるケースもあります。移住先の税制については、現地の税理士や専門家に確認することをおすすめします。
出国税との関係
移住とNISAの話をするとき、必ず確認しておきたいのが出国税(国外転出時課税制度)との関係です。出国税は、有価証券等の資産合計が1億円以上の方が対象になる制度で、NISA口座内の商品もこの資産合計に含まれます。
NISA口座内であれば非課税、というのはあくまで通常の売却益課税の話であり、出国税の判定対象になるかどうかとは別の論点です。資産規模が大きい方は、NISAの扱いとあわせて、出国税の対象になるかどうかも確認しておく必要があります。
出国税の詳しい仕組みについては、出国税とは|国外転出時課税制度の対象者と海外移住での注意点で解説しています。
4. 帰国した場合|NISA口座の再開設ルール

帰国届出書を提出すれば再開設可能
海外移住後に日本へ帰国する場合は、証券会社へ「帰国届出書」を提出することで、NISA口座を再開設できます。
再開設にあたって、年間の投資枠がリセットされるわけではありません。帰国した年に残っている非課税投資枠の範囲内から、買付を再開する形になります。移住期間が数年に及んだからといって、非課税枠が特別に積み増しされるわけではないという点は、正しく理解しておきたいところです。
※出典:金融庁「NISAを知る」
5年以内に帰国した場合と5年超で帰国した場合の違い
帰国のタイミングによって、NISA口座の状態は変わります。
継続適用届出書を提出して出国した方(海外赴任者等)が5年以内に帰国した場合は、NISA口座がそのままの形で復活します。継続保有していた商品はそのままに、新規の買付も再開できます。
一方、5年を超えてから帰国した場合、あるいは継続届出の対象外だった方が帰国した場合は、NISA口座を新規開設し、新規の買付から再スタートする形になります。すでに課税口座へ移管された商品は、NISA口座には戻りません。
5. 自己都合の海外移住者が取るべき現実的な判断

出国前売却が現実的な選択肢になる
ここまでの内容をまとめると、自分の意思で海外移住する方にとって現実的な選択肢は「出国前にNISA口座内の商品を売却し、非課税のまま利益を確定させておく」ということになります。
NISAの最大のメリットは売却益が非課税であること。であれば、含み益がある状態で出国するなら、非課税のうちに利益を確定させるのが最も確実です。特に含み益が大きい場合は、出国後に課税口座へ自動移管されてから売るよりも、出国前にNISAの中で売っておく方が、制度上のメリットをしっかり使い切ることになります。
移住期間と含み損益で判断が分かれる
とはいえ、すべてのケースで「出国前に全額売却」が最適かといえば、そうとも限りません。以下のように、状況に応じた判断が必要です。
含み益が大きい場合は、出国前に売却して非課税のまま利益を確定させておくのが基本線です。
含み損がある場合、あるいは含み益が小さい場合は、あえて売却せず課税口座への移管を受け入れるのも一つの選択です。移管時の取得価額は移管日の時価に切り替わるため、その後の値上がりに対してのみ課税が発生します。
永住を見据えている方は、出国前に売却したうえで、移住先の投資優遇制度への切り替えを検討してください(イギリスのISA、アメリカの401k、オーストラリアのSuperannuationなど、多くの国に独自の投資優遇制度があります)。
いずれの場合も、実際の判断は資産状況や移住先の税制によって変わるため、証券会社や税理士に個別に確認したうえで進めることをおすすめします。
NISAの最適解は「どう生きるか」から逆算する
ここまで、NISA非居住者ルールの条件を整理してきました。ただ、私が移住を考える方に本当にお伝えしたいのは、制度の細部よりも前に確認しておくべきことがある、ということです。
NISA口座をどうするかという判断は、突き詰めれば「自分が何年、どの国で、どう生きるつもりなのか」という設計から逆算して決まるものです。移住期間が読めていなければ、制度をどう使うかも判断できません。だからこそ、制度に振り回される前に、自分自身の移住計画を固めることが先決だと考えています。
もう一つお伝えしたいのは、NISAという制度そのものへの依存についてです。場所を問わず自分の力で稼げる事業を持っていれば、NISAの非課税メリットが使えなくなったとしても、資産形成の手段はそこで途切れません。地道に事業を積み上げていけば、一つの制度に人生の選択を左右される状態から自由になれる。投資制度に人生を合わせるのではなく、人生設計に投資制度を合わせる。これが、海外移住とNISAについて私が一番お伝えしたい考え方です。
6. よくある質問(Q&A)

まとめ|NISAは移住設計の一部として考える
ここまでの内容を振り返ります。
① NISAは本来、日本居住者だけが使える制度。非居住者になると原則として口座を維持できない
② 継続適用届出書による最長5年の継続保有制度は存在するが、対象は「転任の命令等やむを得ない事由」で出国する人に限定される。自己都合の海外移住・起業は対象外の可能性が高い
③ 自己都合移住者にとっての現実的な選択肢は、出国前にNISA口座内で売却し非課税メリットを確定させること
④ 課税口座への移管時は、取得価額が移管日の時価に洗い替えられる(NISA保有中の値上がり分は非課税で確定)
⑤ 帰国時は帰国届出書で再開設可能。継続保有していた方は5年以内の帰国かどうかでNISA口座の状態が変わる
⑥ 証券会社ごとに非居住者対応は異なるため、必ず事前に自分の証券会社へ確認する
制度の細かいルールに振り回される前に、自分がどの国で、どう生きていくのかという設計を固めること。それが、投資制度に人生を合わせるのではなく、人生設計に投資制度を合わせるということです。
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