いざ海外で暮らすとなると、真っ先に不安になるのが医療費と保険のことではないでしょうか。日本にいるときは健康保険証1枚で済んでいたのに、海外ではそうはいきません。しかも「海外旅行保険」という言葉から連想する短期の旅行保険と、長期滞在・移住に必要な保険はまったく別物です。
この記事では、海外旅行保険・日本の民間保険・現地の公的保険という3つの柱を整理し、自分の移住フェーズ(出国前→渡航初期→定住期)に応じた使い分けの考え方を解説します。私自身、個人事業主として海外で長期滞在を続けるなかで、この保険の切り替えに何度も向き合ってきました。その一次体験も踏まえてお伝えします。
目次
※免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の保険商品の推奨や保険契約の勧誘を行うものではありません。保険料・制度内容は変更される場合があるため、契約前に必ず各保険会社・各国政府の公式情報をご確認ください。
1. 海外移住・長期滞在で保険が必要になる理由

海外移住・長期滞在を具体的に考え始めると、まず保険をどうするかという問題にぶつかります。理由はシンプルで、日本の公的医療保険は「日本に住民票がある人」を対象にした制度だからです。
住民票を抜くと日本の健康保険が使えなくなる
海外へ転出する際に住民票を抜く(海外転出届を提出する)と、その時点で国民健康保険や勤務先の社会保険の被保険者資格を失います。以後、日本国内での受診で健康保険証を使うことはできなくなります。帰国時には手続きをすれば再加入は可能ですが、住民票を戻す手続きが前提です。
一方で、住民票を「抜かない」という選択をする人もいます。この場合、国民健康保険の保険料負担は続きますが、海外で医療機関にかかった費用は「海外療養費制度」を使えば一部が還付されます。ただし、この還付は日本国内の診療報酬基準で計算されるため、実際に現地で支払った医療費との間には差が生まれやすいのが実情です。全国健康保険協会(協会けんぽ)の海外療養費制度の解説によれば、自己負担割合は原則3割(残り7割が保険適用)とされていますが、現地の医療費水準が日本より高い国では、実際の自己負担が大きくなるケースが少なくありません。
この「住民票を抜くかどうか」という判断は、保険だけでなく年金や住民税にも連動する問題です。海外移住したら国民年金はどうなるのかもあわせて確認しておくと、移住準備の全体像がつかみやすくなります。
※海外療養費制度の詳細は 全国健康保険協会(協会けんぽ)海外で急な病気にかかって治療を受けたとき をご確認ください。
海外旅行保険は原則90日〜1年が限度
「海外旅行保険に入っておけば安心」と考える人も多いのですが、そもそも海外旅行保険は「旅行者」を対象にした商品です。補償期間は保険会社によって異なりますが、90日〜最長1年程度(一部2年まで対応する商品もあります)が一般的な上限です。
つまり、1年を超える長期滞在や移住を前提とした渡航では、海外旅行保険1本ですべてをまかなうことは難しいと考えておいたほうが現実的です。この点は次の章で詳しく整理します。
海外移住・長期滞在の保険は、「海外旅行保険」「日本の民間保険」「現地の公的保険」という3つの柱で考える必要があります。1つの保険ですべてをまかなおうとしないことが、この記事全体を通じての考え方です。
2. 海外旅行保険の長期プランと移住者向け保険はどう違う?

海外旅行保険を長期滞在で使う場合と、移住者向け保険では何が違うのか。まずここを押さえておく必要があります。
補償範囲と加入条件の比較
両者は似ているようで、加入条件も補償内容もかなり異なります。主な比較軸は次の4つです。
| 比較軸 | 海外旅行保険 | 長期滞在者向け保険 |
|---|---|---|
| 加入条件 | 渡航目的は「旅行」が前提、期間制限あり | 居住・就労・留学など長期滞在目的に対応 |
| 補償範囲 | 治療費・救援費・賠償責任・携行品が中心 | 治療費・救援費に加え、歯科治療等の対応が手厚い商品も |
| 保険料 | 短期は割安、長期になると大きく上昇 | 年間15〜30万円程度が目安(渡航先・年齢・補償内容で変動) |
| 請求手続き | キャッシュレス対応の医療機関が多い | 日本語サポートの範囲は商品ごとに差がある |
保険料はあくまで目安であり、渡航先の医療費水準・年齢・補償内容によって大きく変動します。契約前に複数社から見積もりを取ることをおすすめします。
判断の目安としては、次のような流れで考えるとシンプルです。
① 渡航期間が90日未満なら、クレジットカード付帯保険で足りる場合がある
② 90日〜1年程度なら、海外旅行保険が現実的な選択肢になる
③ 1年を超える長期滞在・移住なら、海外旅行保険に加えて現地保険との併用を検討する
駐在保険・留学保険との違い
似た言葉に「駐在保険」「留学保険」がありますが、これらはこの記事のターゲットである個人事業主ビザ・起業ビザでの移住とは前提が異なります。
駐在保険は企業が契約し費用も負担する保険で、会社の辞令で海外赴任する人のための制度です。手厚い補償内容が多いものの、個人事業主やフリーランスとして自分で移住する人が利用できるものではありません。留学保険も同様に、在学期間に限定された商品です。
つまり、自分で事業を持って移住する人にとっては、駐在保険も留学保険も選択肢に入らないケースがほとんどです。だからこそ、海外旅行保険・日本の民間保険・現地の公的保険という3つの柱を自分で組み合わせて設計する必要があります。
永住目的では加入できない場合がある
見落とされがちな注意点として、海外旅行保険の多くは約款上「日本に帰国する前提の渡航」を条件としており、永住目的だと申告すると引受を断られる場合があります。
ただし、すべての保険会社がそうというわけではありません。引受可能な商品も存在するため、渡航目的を正直に告知したうえで、複数の保険会社に問い合わせてみることをおすすめします。
※約款・引受基準は保険会社ごとに異なります。契約前に必ず各社の最新の約款をご確認ください。
3. 日本の生命保険・医療保険は移住後も使えるのか

海外移住 保険を考えるとき、見落とされがちなのが「今すでに加入している日本の生命保険・医療保険はどうなるのか」という点です。
継続できるケースとできないケース
結論から言うと、日本で加入済みの生命保険・医療保険は、海外移住後も契約を継続できるケースが多いです。ただし、次のような制約があることを知っておく必要があります。
海外居住の届出が必要な場合があります。届出をしないまま保険金を請求すると、手続きが滞ることがあります。保険金・給付金の受取方法が変わる場合もあり、海外送金に対応していない保険会社もあります。また海外での入院・手術が給付対象外になる特約があり、国内入院のみを保障する医療保険は海外では使えません。保険料の払込方法によっては制約が出ることもあり、クレジットカード引き落としは問題ないことが多いですが、口座振替は海外転出によって銀行口座が制限される場合があります。
「継続できるかどうか」は保険会社や商品によって異なります。だからこそ重要なのは、移住前に自分の契約内容を1つひとつ確認しておくことです。
保険会社への事前確認チェックリスト
移住前に保険会社へ確認しておきたい項目を、チェックリストとして整理しました。
① 海外居住届の要否と届出先
② 海外での入院・手術が給付対象になるかどうか
③ 保険金・給付金の海外送金に対応しているかどうか
④ 保険料の払込方法の変更手続き
⑤ 一時帰国中に医療機関を受診した場合の請求手続き
出国の2〜3ヶ月前を目安に、保険会社のカスタマーセンターへ連絡して確認しておくと、渡航直前になって慌てずに済みます。なお、日本から送られてくる保険会社からの重要書類や更新通知については、住所を残さず移住する場合に受け取り方法で困る人も多く、パッケージフォワードを使った郵便物の受け取り方もあわせて確認しておくと安心です。
「継続できるかどうか」だけでなく「何を確認すべきか」を押さえておくことが、移住後に保険で困らないための実務的なポイントです。
4. 海外旅行保険の長期利用と現地の公的医療保険をどう使い分けるか

海外旅行保険の長期プランだけに頼らず、移住先国の公的医療保険をどう組み合わせるか。意外と情報が少ない領域です。ヨーロッパの多くの国では、居住者に公的医療保険(またはそれに準ずる保険)への加入義務があります。
移住先の公的医療保険(加入義務がある国)
主要な国の制度を、現時点の情報として概観します。制度は改正が多い領域のため、必ず各国公式サイトで最新情報をご確認ください。
オランダ
全住民に民間医療保険(zorgverzekering)への加入義務があります。基本パッケージ(basispakket)は月額およそ150〜160ユーロ(日本円で約2万8,000円〜3万円、1€=186.5円換算、2026年の平均は月額157ユーロ)。家庭医(GP)の受診・処方薬・入院費などをカバーします。自己負担額(eigen risico)は年間385ユーロ(約7万2,000円)が基準です。個人事業主であっても加入は例外なく必須とされています。
イギリス
NHS(国民保健サービス)は原則無料ですが、ビザの種類によっては渡航前にIHS(移民保健サーチャージ)を支払う必要があります。年間およそ1,035ポンド(日本円で約22万6,000円、1£=218.4円換算)。IHSを支払えばNHSを無料で利用できますが、歯科治療は別途費用がかかります。
フランス
CPAM(疾病保険金庫)への加入が基本で、3ヶ月以上の合法滞在者は原則加入できます。CPAMだけでは自己負担が残る部分があるため、追加でmutuelle(補充保険)に加入する人が多いのが実情です。
ポルトガル
SNS(国民保健サービス)が整備されていますが、対応の遅さから民間保険を併用する居住者も多く見られます。
いずれの国も制度改正が頻繁にあるため、最新の保険料・条件は必ず各国政府の公式サイトでご確認ください。
※各国制度の詳細は オランダ政府公式(Rijksoverheid)、イギリス政府IHS公式、フランスCPAM公式、外務省 世界の医療事情 をご確認ください。
二重加入を避ける整理の仕方
現地の公的保険に加入すると、日本から持ってきた海外旅行保険と補償範囲が重複する部分が出てきます。ここで大切なのは「全部を1つの保険でまかなおう」とせず、「現地保険をベースに、足りない部分を日本側の保険で補う」という考え方です。
現地の公的保険では基本的にカバーされにくい範囲、たとえば一時帰国中の医療費・緊急搬送・第三者への賠償責任・携行品の損害などは、日本の保険で補完する設計が現実的です。
5. 海外旅行保険の長期プランから現地保険へ――切り替え設計の実務

ここまでの内容を踏まえて、実際にどう切り替えを設計すればいいのかを整理します。海外旅行保険の長期プランをどこで終了し、現地保険にどう接続するか。この章がもっとも実務的に重要な部分です。
出国前・渡航初期・定住期の3フェーズで考える
保険の切り替えは、次の3つのフェーズに分けて考えると整理しやすくなります。
フェーズ1(出国前〜出国直後)
日本の国保・社保の資格喪失日と、海外旅行保険の補償開始日を一致させることが重要です。「資格を抜く日」と「補償が始まる日」にズレがあると、無保険の期間が生まれてしまいます。
フェーズ2(渡航初期・3〜12ヶ月)
この期間は海外旅行保険でカバーしつつ、並行して現地の公的保険への加入手続きを進めます。国によっては居住許可(レジデンスパーミット)が発行されてから加入手続きが始まるため、許可取得までの数週間〜数ヶ月が「空白」になりやすいポイントです。この空白を海外旅行保険でブリッジしておくという発想が重要になります。
フェーズ3(定住期・1年超)
現地の公的保険がメインの補償になります。海外旅行保険は終了するか、補完的な役割に移行し、一時帰国中の医療費は日本の民間保険(3章で確認したもの)でカバーする形が現実的です。
出国前に、この3フェーズの切り替えスケジュールを紙1枚に書き出しておくと、渡航後に慌てずに済みます。同じ時期に進めておきたい手続きとして、海外移住の荷物の仕分けや国際運転免許証の取得もあります。出国前にまとめて済ませておくと、渡航後の負担がぐっと減ります。
保険の切り替えも、行ってから考えるものではなく、移住全体のスケジュール(ビザ申請→渡航→居住許可取得→現地保険加入→永住権申請)のなかに組み込んで、出国前から逆算しておくものです。
個人事業主ビザ・起業ビザ移住者が確認すべきこと
駐在員であれば会社が保険を手配してくれますが、個人事業主として移住する場合、その手配をしてくれる人は誰もいません。自分で調べ、自分で加入し、自分で切り替え時期を管理する必要があります。
確認しておきたいポイントは次の3つです。
① ビザ申請時に保険加入証明の提出が必要かどうか(オランダ・ポルトガル等では必要になるケースがあります)
② 現地の公的保険に個人事業主として加入できるか、保険料の算定方法(売上ベースか固定額か)
③ 日本の海外旅行保険が「就労目的」の渡航でも引受可能かどうか(就労ビザ保持者を対象外とする保険会社もあります)
自分で事業を持って移住するということは、保険も含めて自分の生活基盤を自分で設計するということです。面倒に感じるかもしれませんが、誰かに依存せず自分で設計できることこそが、場所を選んで生きる自由の土台になります。
とはいえ、一度に全部を完璧に揃える必要はありません。まず出国前にフェーズ1の設計を固め、渡航後に現地で1つずつ手続きを進めていけば大丈夫です。焦らず、1つずつ積み上げていくことが大切です。
POINT|海外旅行保険の長期プランから現地保険への切り替えは逆算で
保険の切り替えも、行ってから考えるのではなく出国前から逆算して設計するものです。3フェーズで整理し、空白期間を作らないことが移住後の安心につながります。
6. 海外旅行保険・長期滞在に関するよくある質問

海外旅行保険 長期滞在に関して、よくいただく質問をまとめました。
まとめ|海外旅行保険の長期利用から始める移住準備の土台
海外移住・長期滞在の保険は、「海外旅行保険」「日本の民間保険」「現地の公的保険」の3層で考えることが基本です。1つの保険ですべてをまかなおうとせず、それぞれの役割を理解したうえで組み合わせていきましょう。
保険の空白期間を作らないためには、出国前に3フェーズ(出国直後→渡航初期→定住期)の切り替えスケジュールを設計しておくことが欠かせません。特に個人事業主・起業ビザで移住する方は、保険も含めて自分で生活基盤を設計する必要があります。面倒に感じることもありますが、それが場所を選んで生きる自由の土台になります。
2026年現在、保険は移住準備のなかで後回しにされがちですが、安心して新しい生活を始めるための土台です。出国前にしっかり設計して、移住先での暮らしに集中できる状態を作っておきましょう。
本記事は海外移住の準備に関するハブ記事です。関連する準備については、海外引っ越し費用ガイド、海外移住の荷物準備、国際運転免許証の取得方法、パッケージフォワードの活用法もあわせてご覧ください。
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