海外移住を考え始めると、多くの人が不安に感じるのが医療と保険の問題ではないでしょうか。日本にいる間は国民健康保険に加入していれば、医療費の自己負担は原則3割で済みます。ところが海外に出るとなると、「この保険はどうなるのか」「海外の医療費は高いと聞くけれど、何でカバーすればいいのか」という疑問が次々に浮かんできます。
海外移住にともなう健康保険まわりの不安を、一通り整理していきましょう。国民健康保険の資格喪失の仕組みから、住民票を残した場合に使える海外療養費制度、海外移住後に選べる医療保険の選択肢、そして一時帰国時の医療まで。保険戦略を立てるために必要な情報をまとめてお伝えします。私自身、海外在住で移住者のコンサルティングに携わってきた立場から、実務としての視点も交えてお届けします。
目次
ご注意:本記事の制度・手続きに関する情報は2026年8月時点のものです。国民健康保険や海外療養費制度の詳細は、お住まいの自治体や加入する健康保険組合によって取り扱いが異なる場合があります。正確な要件は必ず 厚生労働省公式サイト、お住まいの市区町村の窓口、または加入する健康保険組合にご確認ください。
1. 海外移住で健康保険はどうなる?国民健康保険の資格喪失

海外転出届と国民健康保険の資格喪失
海外移住が決まり、市区町村に海外転出届を提出すると、国民健康保険の資格を喪失します。手続きの際には、世帯主と脱退する方全員分のマイナンバーが確認できるもの、届出者本人の身分証明書に加えて、国民健康保険の資格情報のお知らせや資格確認書(保険証)を窓口に持参し、あわせて脱退の手続きを行うのが一般的な流れです。
ここで押さえておきたいポイントは3つあります。
① 多くの自治体では、転出日(または転出日の翌日)をもって国民健康保険の資格を喪失します。住民票の除票と連動して処理されるケースが一般的ですが、自治体によっては別途、資格喪失の届出が必要になる場合もあります。
なお、多くの自治体では海外転出届の対象は「概ね1年以上」海外に滞在する場合が前提とされています。1年未満の一時的な渡航では住民票の異動手続きそのものが対象外となり、国民健康保険に加入し続けることが一般的です。
② 資格喪失後は、保険証(資格確認書)が使えなくなります。帰国時や一時帰国時に日本の医療機関を受診する場合、国保の資格を維持していなければ全額自己負担になります。
③ 保険料は月割りで精算されます。すでに納めすぎている分があれば還付され、逆に未納があれば追加で請求されることもあります。
転出届を出さずに海外へ出てしまうと、国民健康保険の加入資格が継続しているものとして扱われ、保険料の支払い義務だけが残ってしまうケースもあります。住民票をどう扱うかは、保険だけでなく税金や年金にも関わる判断です。転出届の詳しい手続きについては、海外移住と住民票の扱いを整理した記事もあわせてご確認ください。
出典:厚生労働省、各市区町村の国民健康保険窓口案内
会社員の場合、社会保険の資格喪失と任意継続
会社員として働いていた方は、退職日の翌日付で健康保険組合や協会けんぽといった社会保険の被保険者資格を喪失します。国民健康保険とは制度が異なるため、退職のタイミングで別の手続きが必要になります。
退職後は「任意継続被保険者制度」を利用できる場合があります。これは、資格喪失日から20日以内に手続きをすることで、最長2年間、それまで加入していた健康保険に継続して加入できる制度です。ただし海外在住の場合、いくつか注意すべき点があります。保険証をはじめとする関係書類は国内への発送が前提となっているため、国内に連絡先を確保しておく必要があります。また保険料は、在職時に会社が負担していた分もすべて自己負担になり、退職時の標準報酬月額をもとに算出された金額が原則2年間変わりません(40歳・65歳到達時や都道府県ごとの保険料率改定などにより変更になる場合があります)。
すでに配偶者の社会保険の扶養に入っている場合は、自分自身での手続きに加えて、配偶者の勤務先や加入する健康保険組合への確認も必要です。扶養の条件や海外在住時の取り扱いは組合によって異なるため、早めに問い合わせておくと安心です。
出典:各健康保険組合・協会けんぽの任意継続被保険者制度案内
2. 海外移住で住民票を残した場合の健康保険と海外療養費制度

国民健康保険に加入し続けるメリット
海外移住後も住民票を日本に残し、国民健康保険に加入し続けるという選択もあります。この場合のメリットは大きく3つです。
① 一時帰国や帰国後に、日本の医療機関を通常どおり3割負担で受診できる。
② 次の項目で説明する海外療養費制度を利用できる。
③ 急な病気やケガで帰国が必要になった場合でも、医療費の面での不安が少ない。
一方で、住民票を残す以上、国民健康保険料の支払いは続きます。所得や自治体によって差はありますが、年間で数十万円規模の負担になることも珍しくありません。住民票を抜いて資格を喪失させるか、残して保険料を払い続けるか。この判断は、次にお伝えする海外療養費制度をどこまで活用できそうかとあわせて考えるとよいでしょう。
海外療養費制度の仕組みと注意点
国民健康保険に加入し続けている場合に使えるのが、海外療養費制度です。海外で病気やケガの治療を受けた際に支払った費用について、帰国後に市区町村の窓口へ申請すると、日本の保険診療の基準に基づいて一部が払い戻される仕組みです。
制度を使う際は、いくつかの注意点を押さえておく必要があります。
① 支給額は、日本国内で同じ治療を受けた場合にかかる費用を基準に計算されます。実際に海外で支払った額のほうが低い場合は、その額が基準になります。つまり、海外の高額な医療費がそのまま戻ってくるわけではありません。
② 申請には、現地の医療機関に記入してもらう診療内容明細書や領収明細書、そしてその翻訳文が必要です。渡航前に申請用紙を準備しておくとスムーズです。
③ 申請から支給までは原則として3ヶ月程度かかるとされていますが、渡航の事実確認や翻訳内容の確認に時間がかかり、さらに長引くこともあります。支払った日から2年を過ぎると時効となり、申請できなくなります。
④ そもそもこの制度は、旅行などの短期間の海外渡航中に、緊急でやむを得ず治療を受けたケースを想定した仕組みです。治療そのものを目的とした渡航は対象外とされています。
海外療養費制度は「知っていて正しく使えば助かる制度」ですが、「海外の医療費が全額カバーされる制度」ではありません。この認識のズレが、想定外の自己負担につながるケースが少なくないため、事前に仕組みを正確に理解しておくことが大切です。
出典:協会けんぽ「海外療養費」、各市区町村の海外療養費制度案内
3. 海外移住後の医療保険、選べる選択肢とは

国民健康保険や社会保険の資格を喪失したあと、海外での医療をどうカバーするか。選択肢は大きく3つに整理できます。
海外旅行保険の長期プランを活用する
一つ目は、日本の損害保険会社が提供する海外旅行保険の長期プラン(1年以上)に加入する方法です。
メリットとしては、日本語でのサポートが受けられること、キャッシュレスで診療を受けられる提携医療機関が多いこと、そして一時帰国中の医療までカバーするプランがあることが挙げられます。海外での医療は、言葉の壁や医療費の立て替えが大きなハードルになりがちなので、この安心感は小さくありません。
一方でデメリットもあります。保険料は年間15万円から30万円程度と、決して安くない金額になることが多く、持病がある場合は加入自体に制限がかかることもあります。また年齢が上がるにつれて保険料も上昇していく傾向があります。長期の海外旅行保険については、保険の種類や切り替えのタイミングを詳しく整理した記事もご覧ください。
現地の公的保険や民間の国際医療保険
二つ目は、移住先の国の制度を利用する方法です。国によっては、居住者に対して公的な健康保険制度を提供しているところもあります。ヨーロッパ諸国は、居住者向けの公的保険が比較的整備されている国が多いといわれています。ただし、加入できるかどうかはビザの種類によって条件が異なるため、移住を検討している国の制度は事前に調べておく必要があります。
また、公的保険とは別に、民間の国際医療保険という選択肢もあります。世界各国で使える保険会社のプランが複数存在し、移住先の公的保険が整っていない場合や、より手厚い補償を求める場合の受け皿になります。特定の保険会社を推奨する意図はありませんが、こうした国際医療保険が存在することは知っておいて損はありません。加入条件や補償範囲は保険会社ごとに大きく異なるため、複数を比較したうえで判断することをおすすめします。
クレジットカード付帯保険の限界
三つ目として名前が挙がりやすいのが、クレジットカードに付帯する海外旅行保険です。ただし、多くのカードでは補償期間が90日程度に限定されており、長期の海外移住には対応できません。
短期の旅行であれば入口として活用できますが、移住後の医療を支える保険として頼ることはできない、という点は誤解のないようにしておきたいところです。
4. 海外移住の一時帰国時、医療と健康保険はどうするか

海外移住後、日本に一時帰国したときの医療をどうするかも、あらかじめ考えておきたいテーマです。
国保に再加入する場合
一時帰国であっても、日本に生活の本拠を移したと認められる実体(概ね1年以上の滞在予定など)がある場合は、転入届を提出して国民健康保険に再加入することが可能です。ただし、住民基本台帳法上の「住所」は「生活の本拠」に限定されるため、生活の本拠が引き続き海外にある短期間の一時帰国では、転入届そのものが原則として受理されない場合があります。自治体によって運用が異なることもあるため、一時帰国時の医療をどうするかは、事前に窓口へ確認しておくと安心です。
自費診療で受ける場合
国保に再加入せず、自費で受診するという選択もあります。歯科検診や定期的な健康診断などは、自費で受けても費用がそこまで大きく膨らまないケースもあります。
一方で、緊急の手術や入院が必要になった場合は、自費診療のリスクが大きくなります。こうした事態に備えて、加入している海外の保険が一時帰国中の医療をカバーしているかどうかを、事前に確認しておくことが重要です。
海外保険の一時帰国カバーを確認する
海外旅行保険の長期プランのなかには、一時帰国中の医療も補償の対象に含めているものがあります。契約内容を確認し、一時帰国中の通院や入院が補償対象に入っているかをチェックしておきましょう。
対象に含まれていない場合は、一時帰国のたびに使える短期の医療保険を別途検討するという方法もあります。国保の維持、自費診療、海外保険の一時帰国カバー。この3つの組み合わせのなかから、自分の一時帰国の頻度や滞在期間に合わせて選んでおくと、いざというときに慌てずに済みます。
5. 海外移住の保険戦略、判断のポイント

移住先の医療制度を事前に調べる
国によって、医療水準も費用感も保険制度も大きく異なります。ヨーロッパは公的保険が比較的充実している国が多いといわれていますが、アジアの国のなかには医療費が日本より安く抑えられる一方で、高度な医療が必要な場合は先進国の病院を利用する必要があるケースもあります。
大切なのは、移住先の医療事情を事前に調べたうえで、日本の保険を残すのか、現地の保険に切り替えるのか、それとも民間の国際保険に加入するのかを判断することです。どれか一つが正解というわけではなく、移住先の制度、滞在の予定期間、家族構成などによって、最適な組み合わせは変わってきます。
事業を持っている場合の保険設計
フリーランスや個人事業主として海外で事業を営んでいる場合、保険料の扱いにも注意が必要です。一般的に、個人事業主の保険料は個人の支出であり、事業の経費にはなりません。一方、現地で法人を設立している場合は、役員の福利厚生として法人が保険料を負担するケースもあります。どちらの形で事業を持つかによって、保険設計の選択肢も変わってきます。
国民健康保険の資格を喪失しても、医療への備えが消えるわけではありません。選択肢を知り、自分の事業や暮らし方に合わせて設計し直せばいいだけのことです。保険をどう設計するかも、事業を持つ人が自分で決められる範囲の一つです。それは自由であると同時に、自分自身で責任を持って選び取る必要があることでもあります。
POINT|保険戦略も移住設計の一部として逆算する
海外移住は、行ってから保険のことを考えるものではありません。移住先の医療制度、事業の形、一時帰国の頻度まで見据えたうえで、出国前の段階から保険戦略を組み込んでおく。この逆算の視点が、移住後の安心につながります。
まとめ|保険戦略は移住設計の一部として考える
最後に、要点を振り返ります。
① 海外転出届を出すと国民健康保険の資格を喪失し、日本の保険証は使えなくなります。会社員の場合は退職日の翌日付で社会保険の資格を喪失し、任意継続制度の利用も選択肢に入ります。
② 代わりとなる選択肢は、海外旅行保険の長期プラン、移住先の公的保険、民間の国際医療保険の3つです。それぞれにメリットとデメリットがあり、クレジットカード付帯保険は長期移住には対応できません。
③ 一時帰国時の医療、そして事業を持っている場合の保険設計まで含めて、移住前に自分なりの保険戦略を整理しておくことが重要です。
海外移住と健康保険というテーマは、調べれば調べるほど選択肢が多く、迷いやすい分野でもあります。ですが一つひとつの制度を正しく理解すれば、自分の暮らし方や事業の形に合わせて、納得のいく形に設計し直すことができます。税金や年金といった他のお金まわりのテーマとあわせて、海外移住と税金の全体像も確認しておくと、移住準備の地図がより明確になります。年金についても、海外移住したら国民年金はどうなるかを整理した記事で詳しく解説しています。
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